16

 いっそ、ひと思いに殺してくれ……こんな屈辱は、もう耐えられない…


 俺は虚ろな眼差しを虚空に彷徨わせながら、投げやりな気持ちで誰ともなしに願っていた。
 それもこれも全部、織田が行っている仕打ちのせいだ…一人前の男である俺を、深窓の姫君を扱うがごとく横抱きにするという、まさに鬼畜のごとき所業。それが、俺の心に計り知れないダメージを与えていた。

 織田に姫抱っこされる生徒会長という構図に、廊下をすれ違う生徒らは一様に目を丸くし、顔見知りのものは見るなり噴き出す有様。そして、ミーハーなチワワ達はきゃあを通り越してぎゃあああと叫んでいる。ものすごく興奮した笑顔で。だから、どうしてそんなに嬉しそうなんだ。お前ら実はマキの仲間か?

「ああもう…何の羞恥プレイだよ…」

 この身に突き刺さる数多の視線に耐えかね、俺は織田の肩にぐったりと頭をもたせかける。

「…ごめん。俺のせいで、迷惑…かけた」
「お前のせいじゃない。気にすんなっつったろ。まあ、今現在の拷問はお前がやってることだけどな」

 非難を込めて皮肉に笑えば、眉を下げてしゅんとする織田。

「…だって、裸足になんて、させられない。生徒会長、なのに…」

 そんな、叱られた犬のような顔をするな…俺が悪いことをしたような気分にさせられるだろうが。

「なあ、もういい加減下ろせよ。お前だって重いだろ?」

 怯む自分を叱咤し、俺は再び織田を翻意させようと試みてみる。
 自分としては太ってはいないつもりだが、それでも身長に見合うだけの体重はある。
 いくら織田が人よりでかく腕力があろうと、180ある大男を抱えて歩くのは、並大抵のことではないだろう。

「重くない…けど、重い」
「何だそりゃ、どっちだよ」

 意味を成さない返事に苦笑を向ければ、意外なほど強い眼差しが、俺を見つめてくる。

「…大切だから、重いんだ……あんなことがあっても…各務は俺を拒まないで、そばにいてくれる…そんな各務の存在が、俺にとって…すごく、得難いものだって、だから、大切にしなきゃ、って…腕の中の、各務の重みが、俺にそう、訴えてくるんだ…」
「お前……真顔でそういうこと言うか?」

 顔が熱い。赤くなっているだろう顔を片手で覆い、俺は半ば呻くように言う。

「口下手だと思ってたけど、意外とタラシの才能があるかもな」
「各務、だから。誰にでも、言うわけじゃない…」

 揶揄に、少し困った風に微笑む織田に、俺の胸がキュンっと締め付けられる。
 くっ…! こいつ…やっぱり、可愛い…!

「各務…」
「織田…」

 織田の優しい眼差しが、微笑みが、声が、俺の心の奥にまで沁み入ってくる。
 廊下の真ん中だとか人前だとかいうことも忘れ、俺はぼうっとした頭で、織田を見つめ返す。
 ふと、織田がと身を屈めるように顔を傾け、俺も何とはなしに目を閉じかけた、その時。



「織田様!!」

 突如として上がった悲鳴のような声が、俺と織田の間に漂いかけた、妙な雰囲気を一気に吹き飛ばした。

「何をなさっているんですか!! そんな、みっともない真似…!」

 少年アイドルにでもなれそうなルックスの、よくいるチワワの一人が、怒りに顔を真っ赤に染め、俺と織田を睨みつけている。
 その顔に何となく見覚えがある…と思えば、俺が織田といちゃついてみせていた時、こっちを射殺しそうな目で見ていた奴等の一人だ。ということは、織田の親衛隊員か。

「あなたは織田家の御曹司にあらせられるんですよ! あなた様が下男の真似などなさる必要はないんです! 靴が駄目になったからといって…そんな男、惨めに裸足で歩かせておけばいいではありませんか!!」

 噛みつくような勢いでまくしたててきたチワワの言葉に、俺は思わず眉根を寄せた。
 俺の上履きが汚されたことを、こいつは知っている。
 それは、つまり…

「…ごめん、各務」

 織田はそう断ってから俺を下ろし、背に庇いながら、その生徒を見下ろす。

「小森…。あれは、お前が……お前達が、やったのか…?」

 小森というらしいそいつは失言に気付いたのか、はっとした顔になったが、すぐに開き直ったかのように媚びた笑みを浮かべ、織田にすり寄った。

「織田様、酷いです。人聞きの悪いことを仰らないでください」
「だったら、なぜ…各務の靴のことを知っている?」
「あれだけ騒ぎになっていれば、嫌でも耳に入ります。僕がやったという証拠なんて、どこにもないでしょう? 各務会長は庶民出にも拘らず、身の程を知らずに織田様に近付くから、織田様を慕う生徒達から恨みを買ったんでしょうね。自業自得です」
「小森、お前…!」

 嘲るようなその言葉に、表情を険しくさせた織田が、小森の胸倉を掴みあげる。

「お、織田様…っ」
「おい、待て織田! こんなところで馬鹿な真似はするな! お前は生徒達の見本たるべき生徒会役員なんだぞ!!」
「だって、こいつが…」
「私的制裁は厳禁! 役員が率先してルールを破ってんじゃねえ!」

 二人の間に割って入れば、渋々といったふうに織田は小森を解放した。
 織田が無茶をしでかさなかったことに、俺はほっと胸を撫で下ろす。

「あとで、きちんと話を…」

「どけ、各務!!」
「へ?」

 口を開きかけた瞬間。背後からそんな叫び声が聞こえ、同時に織田に引き寄せられると、抱き締められるように腕の中に閉じ込められた。
 その直後、寸前まで俺が立っていた場所を、ひゅん…と何かがすさまじい勢いで飛び過ぎてゆく。
 そしてその物体は、狙いたがわず小森の顔面へと着地した。

「ぶっ…」

 小森の顔に張り付いて、ずるずると滑り落ちてゆくその茶色い物体は…

「俺の、上履き?」

 そう、桐嶋に預けていたはずの俺の上履きだったのだ。
 どういうわけでこんなものが飛んできたのかと、背後を振りかえると、一人の生徒が廊下の真ん中に仁王立ちしている。

「お前ら、サイテーだっ!」

 そう、声を荒らげたのは…

「倉橋!」



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