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 真摯な表情で、織田は口を開いた

「…俺、言ったから」
「は?」

 一瞬、織田が何を言っているか理解できず、俺はその顔をまじまじと見返した。
 怪訝な顔をしているだろう俺に、織田が辛抱強く繰り返す。

「ちゃんと、言った」
「言ったって…何を?」

 誰に? 俺は何も言われていないぞ。
 俺以外の誰に何を言ったことで、お前はそう熱くなっているんだ。

「親衛隊に。俺の…大事な人達を、傷付けないでくれって」
「ああ…放課後、生徒会役員等に注意した件のことか…」

 どんな重大事実を告げられるのかと恐々していたのに、何だか肩すかしされた気分だ。
 織田にとっては一大事だということは分かってはいるのだが、正直なところ、拍子抜けだ。俺は軽く脱力しつつ、相槌を返す。

「そ、そうか…親衛隊に、ちゃんと言ったのか…」
「…でも、聞いてくれるか、分からない」

 織田に犬耳が生えていたら、きっと垂れ下がっているに違いない。そんなしょげっぷりで織田は眉をひそめる。

「今はそんだけで十分だ。頑張ったじゃねーか。偉いぞ、織田」

 握り拳を作り、トンと胸を突いてやる。

「今はまだ親衛隊の指揮を執れなくたって、そうやって続けてくことが大事なんだ。お前がちゃんと自分の力で一人立ちできるんだってところを見せてやれば、あいつらだってお前を見直して、お前の意思を尊重するようになるだろうよ。これからも、負けずに強気でいってやれ」
「うん…頑張る」

 俺の言葉に、織田は意外なほど強い目をして頷いた。
 最初に親衛隊の件で話した時、我を失うほど取り乱していたことから見れば、随分な成長ぶりだ。
 倉橋に加え、俺と言う友人ができたことで、孤独感を忘れ、守りたいもののために強くなりたいと、そう思えるようになったのだろう。
 この様子なら、織田が思いのままに親衛隊を御す日が来るのも、そう遠くはないかもしれない。

 初めは生徒会の仕事をサボらせないためという目的で始めたカサノバ計画だったが、俺の行動が結果として織田の望ましい変化に繋がっているのであれば、頑張ってきた甲斐があるというものだ。
 一回り頼もしく見えるようになった織田を眺めながら、俺はそんな感慨にふけるのだった。





 そんなこんなの四方山で、いつもより少し長くなった風呂から上がれば、織田と俺のツーショットに、廊下に残っていたミーハーな生徒達が黄色い声を上げて騒ぎだす。

「風呂上がりの織田様と各務様…!! すっごくセクシーですぅうう!!」
「抱いてくださぁい!」
「今晩、僕といかがですぅ?」
「お前ら、いつまでも遊んでないで、消灯時間になったらちゃんと歯ぁ磨いて寝ろよ」

 アホっぽい誘い文句に俺がクールに切り返せば、きゃっきゃっと楽しそうに笑いながら廊下をかけてゆく。

「はぁーい」
「お休みなさぁい!」
「ったく…あいつらには困ったもんだよな、織田」

 織田を振りかえれば、ほんのり湿った襟足から雫が垂れ、首筋に滴るのが目に入る。

「髪。まだ濡れてんぜ」

 タオルでごしごしと髪を拭いてやれば、織田の頬が赤く染まる。

「あ、ありがと…」

 これくらい、男同士なら何でもないことだろうに。慣れてないとはいえ、この純情ぶり、この先社会に出てからやっていけるのだろうか、こいつ。
 まあ、俺がおいおい慣れさせていけばいいか…などと思っていると、ふと突き刺すような視線を感じ、俺は振り返った。

 俺達のやり取りにきゃいきゃい騒ぐチワワ達、その興奮ぶりに苦笑する奴等、呆れ顔で傍観する奴等に交じって、酷く冷めた顔でこちらを見ている生徒達がいた。
 恐らくは、俺にご丁寧な脅迫状を送りつけてくれた張本人達だろう。
 織田が一言言ってやったことにも、これっぽっちも懲りても動じてもいないように見えるのは、俺の思い過ごしではないだろう。その証に、幾つもの冷たい眼差しが、俺の身体を貫くように突き刺さっている。
 さすが、悪名名高き親衛隊。一筋縄ではいかなそうだ。

「だからって、大人しく脅されてやるつもりはねえけどな」

 奴等を睨み返してそう呟けば、織田が不思議そうな顔で首を傾げる。

「え?」
「いや、何でもねえよ。もう遅いし、さっさと部屋に戻ろうぜ」
「ん…」

 親衛隊の嫌がらせの矛先が俺にも向けられたことは、織田には告げないでおくことにする。
 倉橋のことでただでさえ頭を悩ませている織田を、これ以上困らせたくはない。
 親衛隊のことは、自分で何とかしてみせる。紛いなりにも俺はこの学園の生徒会長なのだ。学園内の些事くらい、華麗に乗り切ってやる。
 そう決意を固め、俺は背に刺さる尖った視線を受け流し、泰然と織田の隣を歩き続けた。






 織田と別れ、部屋まで戻った俺は、部屋の前に佇む一人の生徒に気が付いた。

「各務様…」
「桐嶋。どうしたんだ?こんな時間に」
「夜分に申し訳ございません、各務様。以前、ご相談したいことがあると申し上げたのですが、中々機会がなく…」
「ああ、そうだったな。悪ぃ、ほったらかしになっちまって。今から聞こう、入ってくれ」

 恐縮する桐嶋を部屋に招き入れ、席を勧める。
 ソファに腰掛け、俺の隣に身を落ちつけた桐嶋は、単刀直入に切り出した。

「各務様、話と言うのは他でもありません。我々親衛隊に、あなた様の身辺警護をさせていただきたいのです」
「は? 身辺警護、って…」


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