『織田正巳様に近付くな。警告を無視する場合、身の安全は保証しない』
仕事を終えて生徒会室を閉め、下校しようと下足箱を開けた俺の目に飛び込んできたのは、見慣れたローファーではなく、そんなメッセージが書かれた一枚の紙だった。
「何だこりゃ」
脅迫状と思わしきそれは、印刷用紙にゴシック体でプリントしただけの単純なものだ。差出人の名は書かれていないが、織田の名前が上がってるからには、織田の親衛隊がよこしたものなのだろう。
「食堂で見せびらかしたからか…」
昼間、公衆の面前でべたべたして見せたのが気に入らなかったに違いない。
仕事が早いというか、何と言うか……生徒会長である俺に対してでさえこの態度なのだから、一般の生徒達への風当たりはさらに強烈なのだろう。想像するだに恐ろしい。
脅迫状を持ったまま、しばし放心していた俺に、廊下の奥から声がかかる。
「どうしたんだ?各務」
「倉橋…」
「今までずっと仕事してたのか? 会長さんって大変なんだな」
ほわほわした笑みを浮かべながら、倉橋は俺の方へと寄ってくる。
そういやこいつ、俺よりいっこ下だよな。呼び捨てだわ敬語は使わないわ、無礼千万な奴だとは思うが、俺自身、礼儀作法に関して褒められた人間でないことは自覚している。倉橋を咎める権利を持たない俺は、生温い気持ちで倉橋の非礼をスルーしてやることにする。
「お前こそ、何でこんな時間まで学校にいるんだよ」
「風紀委員長さんに呼び出されてたんだよ」
「ああ…」
親衛隊からの嫌がらせのことで、風紀委員から聞き込みでも受けていたのだろう。
「それ…」
俺が手に持つ紙に気付いた倉橋が、顔色を変える。
「気にすんなよ、こんなの。放っておけば、そのうち飽きて止めるだろうしさ」
憤慨した様子で俺の手から脅迫状を奪い、くしゃくしゃに丸めて捨てる。
前々から薄々感じてはいたことだが、こいつ、奇怪な外見をしているが、中身はすこぶる常識人ではなかろうか。若干無礼でKY気味ではあるが、今だって、俺のことを案じてくれている。
「お前こそ大丈夫なのかよ。嫌がらせされてるって聞いたが」
「大したことないって。上履きとか机が汚された程度だし」
「程度って、十分おおごとじゃねーか!……悪い、生徒会役員のせいだな。自分達の影響力も考えずに、お前にまとわりついたから。あいつらに、お前から少し距離をとるように言えば…」
俺がそう言えば、倉橋は大袈裟なほどびくついて、首を激しく横に振る。
「い…いい!! そんなこと、しなくていいから! 正巳も言ってたけど、そんなこと、絶対にしないでくれよ!!」
「だが…」
「せっかく出来た友達を、こんなことで失いたくないんだ!! …俺一人が我慢してことが収まるなら、それでいいから…」
拳を握りしめて倉橋は俯く。僅かに震えているその肩に、手を置いて俺は言う。
「無理すんなよ。辛い時は誰かに頼ったっていいんだ。転校したてで慣れないところにこんな目に会って、大変だろ?」
「各務…」
泣きそうな声で俺の名を呟くが、顔を上げて明るく笑う。
「あんがと。俺は大丈夫だから。各務こそさっきのアレ、気にすんなよ!」
健気なその姿に、俺の中の庇護心とか愛護欲とか、か弱いものに対する感情がむくむくと湧き起こってくる。
もしかして、役員等もこれにやられたのだろうか。まずい、役員等を落とすどころか、俺が倉橋に落とされてどうする。俺は慌てて倉橋から顔を逸らす。
「と、とにかく! 何かあったら俺か、風紀委員に相談しろよ!」
「ん、わかった!」
早口でそう言って、俺は逃げるようにその場を去った。
くっ、生徒会長ともあろうものが……さすがは天然のカサノバ、侮りがたし!
屈辱と敗北感を感じながら、俺は一人奥歯を噛みしめるのだった。