「…お前も行っていいぞ」
悄然と立ち尽くす織田に、俺はそう声をかける。
「気になるんだろ?倉橋が」
「でも、各務は…」
机に戻り書類を取り出す俺に、織田が戸惑った顔を向けてくる。
「あとは最終確認だけだから大したことはねえよ。自分の割り当て分は済ませてんだ、気にすんな」
「…ごめん」
申し訳なさそうに頭を下げると、せわしなく身支度を整え、部屋を出ていく。
「うーん…まだ、負けてるよなあ…」
書類を放り投げ、腕を組んで俺は唸った。
こんな時に言うことではないかもしれないが、織田の中での俺の存在はまだ、倉橋よりも下にある。
織田の友人と言う立場にはなってのけたものの、あいつの心を揺さぶる決定的な何か…マキの言う『もうひと押し』が、俺には足りていないのだろう。倉橋にはあって、俺にはない何かが。
一応仕事に出てくるようになったのだから、とりあえずの目的は達成された気もするが、何かあった時、今のように倉橋を優先されるようでは困る。
「どうしたもんか…」
しかめっ面で考え込んでいると、静かな部屋にノックの音が響く。
「よ。調子はどうだ?新会長」
扉を開けて、端正な顔立ちの男子生徒が、爽やかな笑みを浮かべて入ってくる。
「有馬先輩!」
俺は驚き、椅子を蹴立てて彼に駆け寄る。
黙って立っているだけでも強烈なカリスマ性を放つ彼は、俺の一代前の生徒会長、有馬要一先輩だ。
「どうしたんですか? わざわざこんなところにまで…」
「新生徒会がうまいことやってるか、小舅がいびりに来てやったんだが…何かワケありか?この状況」
生徒会室を見渡して、有馬先輩が困ったような顔で笑う。
業務が残っているにも関わらず、生徒会室にいるのは生徒会長の俺一人だけというこの状況は、けして褒められたものではないだろう。役員間の意思疎通がはかばかしくないと触れて回っているようなものだ。
「不本意ながら…俺の至らなさが原因です」
あの黒モヤシの転校生に、魅力と言う点で劣っている事実が、とどのつまりの敗因なのだ。
役員等の信頼を得ることもできない自分が、果たして会長としてやっていけるんだろうか。かつて圧倒的な魅力と統率力で学園を率いた会長を前にして、自分の力のなさが情けなく思われてくる。
「他の役員達に、俺から一言言ってやろうか?」
「お気遣い、ありがとうございます。ですがこれは、俺自身の力で解決しないとならない問題だと思いますので…」
力不足の俺を気遣ってくれることに感謝しながらも断れば、有馬先輩はニカッと満面の笑みを浮かべ、俺の背中を力強く叩いてきた。
「だな! この先も苦楽を共にする仲間なんだ、自分の力で信頼を勝ち取らねえとな」
バンバンと背を叩く手を肩に回し、微笑みながらも、真剣な眼差しを有馬先輩は俺に向ける。
「俺はお前に期待してるんだぜ、各務。今年の生徒会はいつにも増して濃い面々ばかりだが、お前なら必ず、あいつらを統率して、頼もしい生徒会を作ってくれるってな。これからどんな面白い学園生活にしてくれるか、楽しみにしてるからな」
「先輩…」
「生徒会なんて、雑用ばっかで面倒かもしれねえけどよ。でかい仕事をやり遂げた後には、すげえ充実感を味わえるぜ。お前には、仲間達と一緒にその味を堪能してもらいたいんだ。そんな経験は、利害を抜きにしたって、お前をでかくしてくれるからな。辛いこともあるだろうが、生徒会長という仕事を楽しんでくれ、各務」
「…はい!」
なってしまったものは仕方がない。俺が生徒会長になったことも、役員達が倉橋に心奪われたことも、今更変えられはしないのだ。
俺を選んでくれた生徒達の信頼に応えるためには、情けなかろうがかっこ悪かろうが、生徒会長として誠実に仕事をしていくしかない。思い悩む暇があるなら、少しでも足掻けばいい。
織田のことにせよ、生徒会のことにせよ、行く先は見えないが、手探りで前に進んでいくしかないのだ。
有馬先輩の励ましに勇気と元気を与えられ、俺は萎えかけていた気持ちを再び強く持つことができたのだった。