「食堂にいねぇと思ったら、こんなところにいやがったのかよ。散々探し回らせやがって。手間かけさせんな、バ各務」
「あぁ?! てめぇの顔なんぞみてたらメシがまずくなるだろうが! 悪態つきに来ただけならとっとと帰れ!」
「用もねえのに見たくもねえツラ拝みに来るか。前、てめぇに言ったはずだよな、親衛隊の奴等をどうにかしろって」
「…ああ、そういやそんなこと言ってたな」

 カサノバ計画のことで頭がいっぱいで、親衛隊のことなどすっかり忘れてしまっていた。

「忘れてやがったのかよ、おい」
「しゃーねーだろ。会長様は忙しいんだよ。会社で言えば部長クラスの委員長とは違って、最高責任者たる社長みたいなもんだからな!」
「今日もまた、倉橋なつきの私物や備品を汚すといった嫌がらせが行われた。犯人の目撃情報は上がってねえが、十中八九、役員の親衛隊の仕業だろうよ。手口が似通ってるからな」
「なつの…」

 俺の嫌味をさらりとスルーした篠原の報告に、織田が顔を青ざめさせる。

「倉橋への嫌がらせって…」
「役員等が倉橋を周囲に見せつけるがごとく愛玩してくれるもんだから、親衛隊員が嫉妬に狂ったんだろうよ。何度しょっぴこうが止めやしねえ。こちとらいい加減、終わりの見えねえイタチごっこにゃうんざりだ。役員等に、テメェの親衛隊の手綱を締めさせるよう、言い聞かせておけよ」
「ちっ…しゃーねえな。わぁったよ、奴等にも注意しておく」
「…任せていいんだろうな?」
「会長様に二言はねえよ」

 倉橋の件に関して非があるのは全面的に生徒会側だ。それを認めて素直に肯いてやれば、篠原は不審そうな顔をしつつも立ち去って行った。

「織田、篠原の話…おい、どうした?」

 振り返ると、織田は立てた膝に顔を埋めるという、傍目に大変分かりやすい恰好で落ち込んでいた。

「…俺は、自分が情けないんだ。自分の親衛隊なのに、コントロールすることもできない。なつを…大事な人を、守ることもできないなんて…」
「織田。前にも言ったが、お前からびしっと一言言ってやりゃ、親衛隊の奴等だって馬鹿は続けらんねえよ。お前に嫌われちまったら元も子もなくなるんだからさ。だから、もっと胸張れよ。自分に自信を持って強気で接すれば、親衛隊員もビビってお前に逆らえなくなるって」
「…自信なんて、持てない。俺は、落ちこぼれだから…」
「は…? 落ちこぼれ? お前が? お前のどこが落ちこぼれなんだよ。勉強もスポーツも人並み以上にこなしてんじゃねえか」

 織田の成績は俺とどっこいどっこいだ。学年でも上位陣には余裕で入る。部活動のバスケット部でもレギュラーを張っているようだし、落ちこぼれと悲観する必要はどこにもないはずだ。

「…でも、一番じゃないから。会長にも、なれなかった…」
「何だ…お前も会長になりたかったのか?」

 てっきり織田は、そんな権力闘争じみたことには興味がないのかと思っていた。
 会長に選ばれたことを誇らしく思わないわけでもないが、特に執着もしていなかった身としては、何となく後ろめたいような心地だ。

「…ううん。ならなきゃいけなかったけど…なりたくは、なかった。俺はきっと、各務みたいに上手くはやれないから…」
「ならなきゃいけなかった、って…」

 膝を抱き、でかい身体を丸める織田を見つめる。

「俺の兄さん…二人とも、桜坂の会長だった。俺一人だけ選ばれないなんて、許されない…。兄さんたちみたいにしっかりしろって、ずっと言われ続けてるのに…俺は、織田の家に、相応しくない…」
「織田…」

「各務が、羨ましい…」

 織田が顔を上げ、潤んだ目で俺を見つめる。

「各務は、強い。明るくて、自信に満ちて、人を、惹きつける。俺も、各務みたいになりたかった…」

 織田はそう言うが、織田と俺は、スペック的にはさして変わりはないだろう。
 勉強もスポーツもイーブンだし、外見だって人から騒がれる程度には整っている。家柄では、比べるまでもなく負けている。俺が織田に勝ると言える部分は、物怖じしない性格くらいのものだろう。
 織田は出来のいい二人の兄と比べられ続けたことで、自分に対する自信を次第に失っていったのだろうが、自分を悲観し貶める必要など、本当にないのだ。
 人並み以上に物事をこなす力もあるし、性格だって真っ直ぐで真面目で、生徒会役員に選出されるほど、生徒からの信頼も得ている。足りないものなどほとんどないのだ。
 織田に必要なものは、自分の力を信じる心、それだけだろう。

「なあ、織田。そんなに焦るなよ。俺達、まだ高校生なんだぜ」

 項垂れる頭に手をやり、ぐりぐりかき混ぜてやりながら、ニッと笑ってやる。

「でも…兄さん達は…」
「お前はお前だろ。誰かと比較する必要なんてねーよ。お前が今の自分に満足せずに足掻いてんなら、必ず前に進めるはずだろ? だから、そんな風に自分を責めるな。今は一歩一歩歩いて行くしか出来ねえだろ」
「…うん」

 俺の言葉に一応は肯いてみせているが、心の底から納得したわけではないことは、曇りのある表情に見てとれる。
 気落ちした友人を慰めるため、気の利いた台詞の一つも思いつかない自分の無力さが、悔しかった。


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