「みんな、驚いてた…」
「悪かったな、騒がせちまって。無理やり連れ出したようなもんだし」
「ううん…」
肩を叩いて謝れば、織田は動物めいた仕草でプルプルと首を振る。
「…誘ってくれて、嬉しい」
はにかんで、うっすらと頬を染める。その姿に、廊下ですれ違った生徒達は、魂を抜かれたようにぽかんと口を開いている。
何コイツ。図体でかくて臆病で片言だけど、笑うと可愛いんだが。
生徒達が目にしただけで硬直するほどレアな笑顔を、こんな身近で堪能できるほどには気を許されている。その事実は、警戒心の強い動物を手懐けたような、そんな妙な優越感を俺に抱かせた。
「待ってよ!」
そんな風に廊下でほのぼのしていたら、食堂から抜け出てきたらしい三木本に追いつかれ、肩を掴まれる。
「何だよ?」
「食堂に戻ろうよ、織田っち。なっちゃんも心配してるよ。ね、みんなでご飯食べよ?」
「だとさ。どうする?織田」
俺は横目で織田にそう問う。
俺が断っても構わないが、ここは織田から言わせるべき場面だろう。流されるのではなく、自らの意思で俺を選んだということを、織田自身に実感させるために。
「…悪いが、俺は、各務と食べるから…」
「で、でも…」
「しつけぇ男は嫌われるぜ、三木本。織田が俺と一緒がいいって言ってんだ。横から邪魔してくれんなよ」
「…会長の、イジワル」
余裕を浮かべて見下ろしてやると、拗ねたように唇を尖らせ、三木本は食堂の方へと戻っていく。
「何だったんだ?アイツ」
「さあ…」
織田も首を傾げている。
恋敵を巡るライバルは少ないに越したことないだろうに、わざわざ織田を呼び戻しに来た意味が分からん。
「ま、どうでもいいことだな。さっさと飯にしようぜ、腹が減った」
「ん…」
考えたところでどうせ答えは出ない。早々に思考することを放棄し、俺達は購買で弁当を買って、中庭へと繰り出した。
「それにしても、気持ちのいい空だな」
雲一つない、見事な晴れ空だ。冷房の利いた校内に比べれば若干暑いが、耐えられないほどではない。
綺麗に手入れされた芝生に、俺はごろりと横になった。一人分ほどのスペースを空けた隣に、織田が遠慮勝ちに腰掛ける。
「なあ、織田、お前さ、もっと喋れよ。何でもいいから」
「何でも…って」
「お前の声、気持ちいからずっと聞いていたくなるんだよな」
低くて深みのある、落ち着いた声。きゃんきゃん甲高いチワワ達の歓声とも、稚気溢れる男子校生の馬鹿騒ぎとも異なる、耳に心地よいトーンは、寡黙にさせておくのがもったいないほどだ。
「…何でもって言われても、分からない…」
「例えば、好きな物の話とかさ。趣味とか、食べ物とか」
「えっと…俺は…」
「うん」
「おい、そこのバ会長」
顔を赤らめながらも織田が口を開きかけた瞬間、またしても横やりが入ってきた。
「誰が馬鹿だ!!」
起き上がり、無礼千万なおジャマ虫こと、風紀委員長の篠原を睨みつける。