生徒会の仕事も一段落つき、役員等も一応仕事に戻ってきた今、俺はようやく学生らしい学生生活を送れるようになった。
 睡眠不足の頭で授業に臨むこともなくなったし、ちゃんとした飯を食べる時間もできた。そしてさらに喜ばしいことに、すがすがしいほどのすっきり便通も戻ってきた。
 普通の生活が送れることは何と素晴らしいことだろうと、今回の一件でしみじみ痛感させられた。

 今回の俺の境遇は特殊としても、生徒会役員等には業務などのためにそれなりの負担がかかることから、授業免除特権というものが与えられているのだが、果たしてそれを特権と言っていいのかは疑問なところだ。
 この桜坂学園では、普通の高校のカリキュラムに加え、フランス語や経済原論、基礎法学、果ては礼儀作法といったクラスまであるのだ。ちょっとでもサボったら一気に授業についていけなくなってしまう。
 授業免除特権を使えば、出席日数が足りずとも、定期考査で合格点を取れば単位は貰えるのそうなのだが、ごく普通のパンピーである俺はそこまで教養が深くないので、権利を権利として活かすことができないのだ。学校公認のサボり万歳とか思っていた俺、甘かった。

 そんなわけで真面目に午前の授業を受け終えた俺は、マキとの作戦を実行するために、久々に学食へと向かっていた。
 一週間ぶりに食堂の入口に立った途端、悲鳴のような歓声が上がった。

「各務様…!!」
「各務様だ! 珍しい、食堂にいらっしゃるなんて!」
「やっぱりかっこいい〜!」
「各務様〜!」
「抱いてぇ〜ん」

 黄色い声に交じって、野太い声が飛ぶ。ヤロウ…人をおちょくりやがって。

「じゃかあしい! 抱いて欲しけりゃ股間のイチモツ切り取って、Fカップになってから来やがれ!!」

 野太い声が聞こえた方に向かって叫べば、ドッと笑いが湧き起こる。
 チクショウ、他人事だと思って。ムサい野郎に抱いてと言われるダメージを想像すれば、笑ってなんぞいられるか。
 きゃーきゃーうるさい嬌声を無視して食堂をぐるりと見回すと、中央テーブルにひときわ目立つ集団を見つける。

 倉橋と、それにまとわりつく生徒会役員等。プラス二人の男子生徒。
 二人の男子生徒の名前は思い出せないが、確か、野球部に所属しているスポーツ少年と、不良気取りの一匹狼で、両方とも倉橋のクラスメイトだったはず。どちらも顔立ちが華やかなものだから、当然親衛隊持ちだ。
 生徒会役員だけでなく、一年の人気者までしっかり手玉に取っているとは…倉橋、恐るべし。

 そんな中、倉橋を巡っての争奪戦から一歩離れたところで、織田がぼうっと突っ立っている。ビビリな織田は、倉橋へのアプローチでさえも積極的になれないらしい。まったく、損な性分の男である。

 俺があの集団に向かって歩いて行くと、ざわめきが一段と大きくなった。

「まさか、会長様も倉橋なつきに落ちてしまわれたの?!」
「そんな!! 各務様が最後の砦だと思ってたのに…!」

 うーむ、この反応からすると、生徒会役員等が倉橋に構いっきりな現状は、生徒達にはあまり好意的に受け取られていないようだ。風紀の篠原にも聞かされてはいたが、ちょっとまずい状況ではないだろうか。
 このままでは倉橋に対するやっかみなんかも出てくるだろうし、生徒会としての人気や支持率にも影響が出るかもしれない。何とか対策を講じねば…
 そんなことを考えながら迷惑集団に近付けば、佐原が倉橋を庇うように俺の前に立ちはだかった。

「何の用ですか?各務。食堂に顔を出すなんて珍しい。あなたは一人が好きなのかと思っていましたが」
「お前にゃ用はねえよ。俺は織田を探しに来たんだ」
「俺…?」

 キョトンとした顔で見つめてくる織田に、俺はとっておきのスマイルを浮かべて誘いをかける。

「織田。昼飯、一緒に食おうぜ」
「え…」
「何だ、正巳を誘いに来たのか? なら、各務も一緒に食べればいいじゃん。席も空いてるし、皆で食べた方が楽しいだろ?」

 俺と佐原の間の緊迫した空気が読めない倉橋が、あっけらかんと言ってくる。

「悪いが、俺は織田と二人きりになりたいんだよ」

 そう断って織田の肩を抱き寄せると、きゃあ…と周囲で小さく悲鳴が上がる。
 黄色い声が、妙に嬉しそうなのが気になる。何故だ。野郎同士が絡んでるのを見て、何が楽しいんだ。

「なあ、織田。駄目か?」

 耳元でそう囁けば、頬が赤く染まったのが分かった。これくらいで照れるなんて、本当に人とのスキンシップに慣れていないんだな、こいつは。

「なぁにー? 随分仲良くなったみたいなんだけどー」
「ああ、そうだぜ。あの後俺達は、お前が思いもつかないような、深ぁい仲になったんだよ。」

 茶化してくる三木本に笑みを浮かべて肯定してやると、目を丸くして俺達を見つめてくる。

「う、そ…ほんとに…?」

「…結構じゃないですか。当人がああ言ってるんですから、放っておきましょう、なつき」

 佐原が倉橋の背を押し、席へと着かせる。

「でも…俺は、正巳も一緒に…」
「まーまー、織田先輩にも先輩なりの都合があるんだしさ。あんましワガママ言って迷惑かけちゃ駄目だぜ、ナツ」
「そうだよぉー。会長が一緒ならぁ、織田っちも寂しくないってぇ」
「てゆうかぁ、ライバルが減ってくれるならむしろ大歓迎だしぃ」

 スポーツ少年が無駄に爽やかに倉橋を宥め、双子がそれに便乗すると、倉橋はちょっと寂しそうに笑って肯いた。

「ん…わかった。また今度一緒に食おうな、正巳! 各務も!!」
「お許しが出たようだな。じゃ、行こうぜ、織田」

 肩を抱いたまま歩きだせば、マキがぐっとサムズアップしているのが見えた。どうやら及第点はとれたらしい。


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