「まあ座れよ、織田」

 織田をソファに促し、自分も隣に腰掛ける。そのまま腕を伸ばして肩を抱くと、織田は切れ長の目を見開いて、俺を見つめ返してきた。
 無言で動揺を露わにする織田に、フッと笑いかけた。親衛隊のメンバーなら、泡吹いて卒倒しそうな距離だ。


『とにかく、優しく、フレンドリーに、スマイリーに』

 マキの言葉が脳裏に蘇る。

『あんなナリだが、織田は繊細でデリケートなんだよ。怯えさせないように、とにかく優しく接するんだ』
『でかい図体のくせに実はビビリとか、何のギャグだっつー話だよな』
『エリートにはエリートなりの悲哀って奴があるんだよ。織田があーゆー性格になっちまったのには、きっと深い事情があるに違いないんだ、設定上では。某国民的ヒロインが某キツネリスと心を通わせた時のように、噛みつかれてもじっと堪えて、相手が心を開くのをひたすら待つんだ』


 キツネリスって何だ、キツネザルの間違いじゃねえのかと思いながらも、織田を怖がらせないよう、なるべく優しい声で話しかける。

「なあ、織田。最近、らしくねーじゃねーか。ちょっとばかり寡黙だが、真面目すぎるくらい生真面目で、勤勉なのが取柄だったはずだろ?」

 実は、織田とは去年、同じクラスだったのだ。
 織田は外見こそすこぶる人目を引くが、中身はいたって大人しく、控えめながらも気配りのできる、いわゆる優等生だった。

「そんなお前が、無責任に任務放棄するなんて、一体どうしちまったんだ?」
「…俺、は…」

 口ごもる織田の肩をぐっと引きよせ、低い声で囁く。

「そんなに、あの転校生が好きか? 仕事なんて、どうでもよくなっちまうくらいに」

 そう問えば、恥じ入ったように顔を伏せる。

「…なつは」

 織田は俯いたまま、訥々とした口調で喋り始めた。

「…俺を、理解してくれた。口下手で、人とうまく付き合えない俺を、そのままでいいって言ってくれた。親衛隊の嫌がらせにも負けずに、俺と付き合ってくれた。そんなことしてくれたのは、なつだけだったんだ…」

 ふむ…転校生め、アホ面の分際でなかなかやりおる。
 織田は、元来の性格が寡黙で引っ込み思案であったことに加え、親衛隊の手厚いガードのせいもあって、クラスの中でも孤立しがちな傾向があった。
 けして嫌われているわけではないのだが、近付くには高嶺すぎるといったところだ。
 そんな境遇で孤独感を感じていただろう織田の、心の隙間にうまく入り込んで、倉橋は信頼を勝ち得たのだろう。
 転校したてで学内の事情に疎いとはいえ、簡単にできることではない。

 思えば倉橋は、あの冴えない容姿ながら、恋人志願者や下僕志願者には事欠かない生徒会の面々を虜にしたのだ。そんじょそこらに転がっているような、ただの生徒ではないということなのだろう。
 いわば、大物食いの色事師。
 生徒会がこの先どうなるかは、俺とあの転校生の、色事師としての勝負にかかっているというわけだ。

「面白ぇ」
「え?」

 思わず漏れた呟きに顔を上げた織田に、話題を変えて誤魔化す。

「いや…口下手だっつってるが、俺とはこうやって話せてるだろ。他の奴等にだって同じように話しかけりゃ、普通に会話できると思うぜ」
「…各務は、俺と同じだからだ。特別な、立場にいる…普通の生徒は、俺には話しかけようとしない。それに、親衛隊が、俺に近付く人間みんな、退けようとする。それがいやで、みんな俺から離れて行った」
「なら、親衛隊に威嚇行為を取るなって言えばいいだろ? お前がボスなんだ、命令すりゃ言うこと聞くだろ」
「…聞いてくれない。全部、俺のため、だからって…」

 うーむ。俺のところの親衛隊はみな俺にメロメロで、俺に逆らうことなどまずないから、親衛対象に反抗的な親衛隊がいるなど想像もつかない。
 だが、親衛隊から祭り上げられている人物が、彼等の暴走をコントロールしきれずに迷惑を被るという話も聞かないではないから、織田の話も本当のことなのだろう。

「けど、あくまで頭はお前だろ。そいつらの干渉が嫌なら、多少強引にでも手綱を握れよ」
「親衛隊のメンバーとは、この先も…家業の関係で、付き合っていかなきゃならない。あいつらの、不興を買うようなこと、俺にはできない…」

 優柔不断というか、煮え切らないというか…ウジウジした織田の態度に正直イラッとくるが、怒鳴りつけてしまいたい気持ちをぐっとこらえ、子供に説教する気持ちで説き伏せる。

「織田…最初からそうやって諦めてばっかりじゃ何にも出来ねーぞ。望む生き方があるんなら、ちょっとばかりウザがられようが、自分の意思を通さなきゃ駄目だ。男なら、自分を強く持て」

「各務には、分からない!!」

 その言葉に、織田は肩に乗せられた俺の腕を振り払い、真っ赤な目で睨んできた。

「各務は、強いから…だから、そんなことが言えるんだ。強い奴には、弱い奴の気持ちなんて、絶対に分からない…!」

 やばい、強いというキーワードはどうやら織田にとっての地雷だったようだ。
 優しく接して心を開かせるどころか、逆に頑なにさせてしまった失態に、内心歯噛みする。

「なつ…なつだけが、俺を分かってくれたんだ…」

 震える声で言って、織田が自らの身体を抱き締める。
 俺は完全に、織田を怯えさせてしまったようだ。

 だが、考えてみれば、逆にこれはチャンスかもしれない。
 心を開いてくれたわけではないが、寡黙な態度に隠されていた織田の本心は今、むき出しの状態になっている。手を伸ばせばすぐにでも触れられてそうなほど、近くに。
 織田の心に切り込むなら、今だ。

「そのなつとやらとは今、満足に話せているのか?」
「それは…」

 役員等が全員倉橋にまとわりついている今、織田一人に十分な時間が割かれているはずがない。


『織田の心に触れた瞬間に、一気にたたみかけろ! お前の魅力を最大限に駆使して口説きにかかれ! あいつの求めるものを、お前がくれてやるんだ』

 マキよ、お前のプランとはちょっと違う流れにはなったが、俺はいくぞ。

「織田。俺がお前を呼びとめたのは、あいつといる時にも、お前が寂しそうな顔をしていたからだ」
「え…」

 弟が生まれ、母親の愛情を独占できなくなった子供のような。そんな寂しげな顔を、織田はしていた。

「そんな顔のお前を、放っておけねえと思ったんだよ」

 ぼうっと俺を見つめ返す織田の肩に、正面から手をかける。

「なあ、織田…俺じゃ駄目か」

 肩に置いた腕に力を込め、こちらへと倒れ込むように寄り掛からせる。

「俺じゃ、お前のダチにはなれねえか?」

 織田の背を抱き、僅かに赤く染まった耳に、俺はそう囁く。

「か、がみ…」
「俺なら、お前にあんな顔はさせない。大事にするから…なあ、だから俺のものになれよ、織田」

 そう言って、織田を抱き締めたため、奴がどんな表情をしているかは見えなくなる。
 だが、重なる胸から伝わる、うるさいほど高鳴っている鼓動と上昇した体温が、織田の返事を雄弁に物語っていた。


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