翌日の放課後。

 役員等は約束通り、生徒会室へとやってきた。
 約束をちゃんと守った、その点に関しては褒めてやりたい……が。

「見て見てぇ〜。なっちゃんにぃ、クッキー作ってもらっちゃったぁー!」
「約束のご褒美にくれたんだよぉー。ふふーん、羨ましいでしょおー」
「ずるーい、抜け駆けじゃんかー! 好きな子の手作りクッキーとか、なに、その羨ましすぎるシチュエーション!!」
「なつの、クッキー…手作り…」
「ふん。手作りクッキー程度で喜んでいるなんて、お子様ですね。僕はいずれ、そんなものよりずっといいものを貰う予定ですから」
「とか、強がっちゃってぇ。本当は羨ましいってぇ、顔に書いてあるよぉ」
「でも、あーげなぁい。僕らだけのご褒美だからぁ」
「一枚だけ、ね、一枚だけでいいから、俺にもちょーだい!」
「俺も、欲しい…」
「恋敵の情けを請うとは! 君達にはプライドというものがないんですか?」
「いーんだよーだ。恋のためなら、俺は奴隷にでも何でもなってみせるんだからー」

 …ろくに仕事もせずに、くっちゃべり続けているというのは、到底、褒められた所業ではないだろう。

「…テメェ等、遊んでいねえで仕事をしろ」

 引き攣る頬を何とか動かし、役員等に注意する。

「仕事って言われてもぉ、もうすることなんて残ってないじゃーん」
「ちっ…」

 双子の一人に反論され、俺は舌打ちする。
 そう、俺が馬鹿正直に奴等の分の雑務もこなしたせいで、仕事らしい仕事なんて、ほとんど残っていなかったのだ。

「てゆーことだからぁ、一応生徒会室に顔も出したことだしぃ、僕達は帰りまぁす」
「ばいばーい」
「あッコラ双子!」

 帰ろうとする双子を引き止めると、奴等は唇を尖らせ振り返る。

「僕等はぁ、双子なんて名前じゃありませぇん」
「降矢!」
「どっちの降矢ー?」

 頬に指を当て、首を傾げる双子の片割れ。
 情けない話だが、降矢兄弟のどっちがどっちだか、未だにさっぱり区別がつかない。

「降矢…雄介!」

 あてずっぽうで名前を叫ぶが、案の定、はずれのようだ。

「はっずれー! 僕は大輔でぇす! 会長、見る目がないよねぇ」
「なっちゃんは、一目で僕達のこと見分けられたのにぃ」

 倉橋より脳ナシだと貶され、俺の額に青筋が浮く。

「うっせーぞ! 見分けて欲しけりゃ目印でもつけやがれ!!」
「やだよぉだ。どうして人のために、自分を曲げなきゃなんないのさぁ」
「人に要求する前に、自分の目を磨くべきだよねぇ」

 調子を合わせて囀る双子。
 っかあああああ、ムカつくぅううう!!!
 言っていることは正論であるだけに、よけい腹立たしいのだ。

「トップに立つ人間に必要なのは、人を理解する才能だよぉ。会長はぁ、会長に向いてないんじゃないかなぁ?」
「仮にも僕等の上に立とうって者ならぁ、それなりの器量ってものを見せてもらいたいよねぇ」
「ぐっ…!」

 言い返せない俺にそれきり興味を失ったように、双子は足取りも軽く生徒会室を出て行った。


「彼らの言葉にも一理ありますね」

 言いながら、佐原が席を立つ。

「あなたには、僕達役員の心を掴む能力が欠けている。そんな人間を生徒会の長たる会長として認められないのは当然のことでしょう。なつきの頼みですから生徒会室には来ましたが、そうでなければ、誰がこんなところに!」

 最後は吐き捨てるような調子で言って、佐原はけたたましい音を立てて生徒会室の扉を閉じた。
 そのあまりの剣幕に呆然としていた俺の肩を、三木本が軽く叩く。

「会長、気にすることないよー。仕方がないじゃんね、会長は普通の人間なんだからさ。とーりんや双子ちゃんみたいな、血統書つきのエリートを御せなくてもしょーがないよ」

 体裁上は慰めるふりをしているが、その実は、俺を『一般』だとこき下ろしているわけだ。

「…あんがとよ。だが、まだ御せねえと決まったわけでもねえからな。慰めの言葉は次に取っておいてくれ」
「あっは、余計なお世話だったかー。ごっめんねぇ」

 へらへらとした顔で笑う三木本。
 真正面から敵意を向けてこない分、双子とはまた違った意味でやりにくい男だ。

「織田。お前は俺に言いたいことはないのか?」

 ずっと黙りこくっていた男に顔を向ければ、俺の視線から逃れるように目を伏せる。
 でかい図体のくせに、本当に気の小さい男だ。
 倉橋争奪戦の時も控えめだったし、なるほど、強気で押していけば、案外すんなりモノに出来るかもしれない。
 昨夜マキと打ち合わせした不埒な企みを、実行に移すべき時だと俺は確信した。

「織田っち、俺達も帰ろっかー」

 そんな俺の目論見も知らずに、三木本が無言の織田に声をかけるが、ここで織田を帰してしまうわけにはいかない。

「織田、お前は残れ」
「…」

 そう命じると、どうして、と目で訴えかける織田の代わりに、三木本が口を開く。

「えー、何でー? もうお仕事なんて残ってないじゃんか」
「どうしてもだ。二人だけで話したいことがある」
「ふーん…じゃあ、ばっははーい、織田っち。会長に襲われないようにねー」
「るせぇよ」

 三木本の野郎、余計なこと言うなし。図星なだけに焦ったじゃねーか。
 不安げな顔をする織田に、俺はゆっくりと向き直った。

 さあ、作戦開始だ。
 織田、お前を俺のものにしてやる。

 長身の、精悍な顔立ちの男を前にして、俺は獲物を定める肉食獣になったような感覚を覚えていた。


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