「ソファなんかで寝ると風邪ひくぞ」

 そんな声と同時に肩を叩かれ、俺ははっと覚醒した。
 目を開ければ、同室者の槇野聡介(まきのそうすけ)が俺の顔を覗きこんでいる。

「ヨダレの痕ついてるぜ、会長さん」
「ん、あ…ああ」

 口元をごしごしこすりながら周りを見渡すと、窓の外は暗くなっている。

「…今何時だ?」
「11時だな」
「やべぇ、食堂閉まっちまった…」

 またしても、まともな飯が食べられなかった。

「腹減った…」
「俺の非常食分けてやるよ」

 がっくりと肩を落とす俺を哀れんでくれたのか、マキがカップ麺を放り投げてくれる。

「サンキュー、マキ」
「世の中は持ちつ持たれつってな。にしても、随分疲れてんな」
「俺はもう、死ぬ…」

 もはや一歩も動く気になれず、毛布を巻きつけ、ばったりとソファに沈み込んだ。

「他のメンバーはまだ出てこないのか?」

 マキは放り投げたカップ麺を取り上げ、部屋に据え付けられた簡易キッチンで湯を沸かしながら、俺に尋ねてくる。

「一応、明日からは顔出しする気になったみてえだが…あの調子だと、それもどこまで続くか疑問だな」
「あいつらがサボってんのは、転校生が原因なんだろ? だったら、お前が転校生をモノにしちまえばいいんじゃねーか?」

 モノにする…。俺の、恋人にするということか?

「…何でそうなる」

 適当なことを言うマキを、半眼で睨む。

「好きな奴が他の人間に惚れちまえば、熱も冷めて、ケツを追いかけまわすこともなくなるんじゃね?」
「それはそうかもしれねーが…好きな奴を奪われたって、逆恨みしてきそうだ。余計に反感持たれて、仕事に来なくなりそうだろうが」
「それもそうだな。だったら…そうだな、転校生じゃなくて、他のメンバーの方を落とせばいい」

「はああああ?! そっちの方がよっぽど無理だろ! 奴等、俺を蛇蝎のごとく毛嫌いしてやがるんだぞ!!」

 とんでもない提案に、俺はだるさも忘れて跳ね起きた。
 訝しげな顔をする俺に、お湯を入れたカップ麺を掲げ、マキがにやりと賢しげに笑ってみせる。

「そうでもないぜ。考えてもみろよ、あいつらがどうしてお前に敵対してるのか」
「何でってそりゃ…俺が一般の分際で、生徒会長になったのが気に食わないんだろうよ」

 財閥の御曹司に旧家の跡取り、大手電機メーカーの創業者一族、有名自動車メーカーの一族と、生徒会役員の奴等は、そろいもそろって『一流』の出自の人間だ。
 だがしかし、会長である俺は、何の変哲もない一般庶民の出なのである。
 親父とお袋は普通の地方公務員。兄貴は普通の大学生で、弟は普通の高校生だ。

 一般社会においてはごくごく普通の生まれの俺だが、良家の子弟が集うこの学園では、下層に属する存在と言えるだろう。
 そんな俺が奴等を差し置いて、会長になってしまったことが面白くないに違いない。

「そうだ。とどのつまりは、お前に対する嫉妬なんだよ。生まれは勝っているのに、容姿も頭脳も、才能も人望も、お前に劣っているのが悔しいんだろう」
「分かってんなら無茶言うなよ。俺が会長やってる限り、好かれようなんて、どう考えても無理ってことだろ」
「嫉妬ってのはな、劣等感の裏返しなんだよ。お前が自分より優れていると思うから生まれる感情だ。つまり奴等は、ある意味、お前の有能さを誰よりも認めてるんだよ」
「うーん…まあ、そうかもしれねえけど…」
「鈍い奴だな。言いかえれば、あいつらは、お前が好きで好きでたまらないって言ってるようなもんだろ」
「は…? どこが?」

 とんでもない方向に飛躍した理論に目を丸くする。

「人間はな、本当にどうでもいい奴には無関心になるもんなんだよ。自分の歯牙にかける価値もないってな。嫉妬するってことは、それだけの価値をお前に見出して、感情を向けるだけの執着を抱いてることになるだろ?」
「な、なるほど…一里あるような、ないような…」
「今はベクトルが正反対の方向に向かっていっちまってるが、嫉妬も愛も、大本の感情はおんなじだ…相手に対する憧れが、妬みに変わるか、愛情に変わるかは紙一重。お前はそこを、上手くコントロールしてやればいい」

 人差指でトンと俺の胸の真ん中を突いて、マキは笑った。心の底から楽しそうに。


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