「お前…葛西?」
緩く伸ばした淡い色の髪に、着崩した制服、重ね付けされたシルバーアクセサリー。
男らしいがどこか柔和な顔立ちに、皮肉げな笑みを浮かべているのは、俺のよく知る人間だ。
「元気か? 元・会長様」
「何で、ここに…」
半ば答えを予想しながらも、問わずにはいられない俺に、葛西は冷笑とも嘲弄ともつかない笑顔を向けた。
「新しい会長様に呼ばれたんだよ。あんたの『狩り』に、参加する気はねーかって」
「っ、そんな…!! どうして、お前が…」
「あんたの親衛隊員だった、俺がって?」
そう、葛西は俺の、親衛隊員だったはずなのに。
にやにやと口元を歪め近づいてくる葛西に、俺は不穏なものを感じ、一歩後ずさる。
「あんたに近付くために親衛隊に入ったのに、全然触らせてくんねーんだもん。あんなに尽くしてやったのになぁ?」
その眼に浮かんでいるのは、肉食動物めいた、ぎらぎらとした深い欲望。
「もー我慢の限界。あんたを喰いたくてしょーがねえんだよ」
伸ばされた葛西の腕が、俺を捕らえた。
「…っ…!」
悲鳴にならない声が俺の口から洩れる。
「どーして逃げんの?」
「やめろ!!」
顔をそむける俺の耳元に、葛西が笑み混じりの声で囁く。
「あんたが俺のものになるなら、逃がしてやってもいいよ」
「ふ、ふざけるな!! 誰が、そんな…」
「残念。交渉決裂か」
力任せに腕を振り払うと、葛西はあっさりと俺を解放し、両手を挙げて見せる。
あっさりとした態度を訝しみつつ、もう一つのドアから逃げようと駆けだしたが、俺の前に一人の男が立ちふさがった。
「辰巳様…」
逞しい身体つきの、長身の男子生徒。彼もまた、俺のよく知る男だ。
「大東…?!」
親衛隊の副隊長を務めていた男。
真面目で正義感の強い、信頼のおける生徒だった。まさか、大東までもが狩りに参加しているなんて…
「こんなにもお慕いしているのに、あなたは…! 一度も俺を見てくださらなかった…!! 俺はずっとあなたを愛していたのに!!」
まるで嘆いているような悲痛な声で、大東は叫んだ。
「会長が、悪いんです」
大東の後ろから、小柄で、女生徒のような愛らしい容貌を持つ生徒が歩み出る。
「北見、止めろ!!」
彼も、俺の親衛隊のメンバーだった。
「他の皆様の親衛隊員は、ちゃんとお相手を務めていました。僕はいつもそれが羨ましかった。お相手も務まらない自分が、惨めで恥ずかしくて、悔しかったんです…!!」
「何、で…」
次々と吐き出される真実の声に、俺は混乱し、喘いだ。
「お前達も言ってくれたじゃないか!! 人気ランキングで生徒会役員を決める制度も、過激な行動を取る親衛隊も、恋人でもないのに身体を求めるような関係も、間違ってるって!!」
「それが、あなたの望みだったから」
静かな声が、昂りかけた俺の頭を一気に冷やした。
「南…」
後ろの扉の前に立っているのは、親衛隊の隊長だった、南。
理知的な顔に浮かぶ表情は穏やかで、何を考えているのか、その真意を悟らせない。
「心にもない言葉を紡ぐくらい、あなたの歓心を得るためなら、いくらだってしてみせます」
どこか寂しそうに微笑み、南は俺を囲う包囲網へと加わった。