狡猾なことに、その企ては、俺が乱れ切った学園の改革に取り掛かった時に進められた。
学内の綱紀粛正、風紀委員をはじめとする各種委員会の解体・再編成、親衛隊の解散命令等々、様々な懸案事項に追われ、学内の動きを把握することすらままならないほど多忙になった、その時に。
俺の注意が散漫になったその隙をつき、北斗は傘下の者等を利用し、じわじわと俺の力を削ぎ落しにきた。
もともと俺と他の生徒会役員とは、学園の運営方針を巡って対立しており、それが全面的な敵対へと変化するのに、そう時間はかからなかった。
彼等は生徒会役員としての任務をボイコットし、俺の風聞を穢す噂を流布し、さらには自らの親衛隊を使い、俺の周囲への嫌がらせを始めたのだ。
生徒会長としての俺の風評は、見る見るうちに地に落ちた。
俺は必死に対抗しようとしたが、いかんせん、力差がありすぎた。
努力も虚しく、リコール…生徒会長としての俺の信任投票へと持ち込まれてしまったのだ。
全校生徒の三分の二どころか、九割以上の生徒の不支持を受け、俺は生徒会長の座を退任させられた。
そしてその後釜には、役員等の推薦を受け、信任投票を圧倒的支持で制した北斗が、新しい生徒会長へと就任したのだ。
俺から全てを奪った北斗は、惨めに地に這いつくばる俺に、自分の下へ就くよう求めてきた。
(だが俺は、それを拒んだ…)
当然だ。自分を追い落とした人間に、自分の地位を奪った人間に、どうしたら従えるというのだ。
服従を拒絶した俺に下されたのは、無情なまでの粛清宣告だった。
生徒会長として与えられた全ての権限の剥奪、一切の庇護を与えない旨の宣言…親衛隊の活動停止命令。
他の役員と違い、名家の出身ではない俺は、生徒会長の地位を喪失すると同時に、全ての後ろ盾をも失った。
そうして力を失った俺は、生徒の信を失った人間として、一般の生徒以下の存在へと貶められてしまった。
かつては学園の頂点に立っていた俺が、『狩られる』立場に転落したのだ。
失意の日々を送っていた俺はある日、北斗に放課後の特別棟に呼び出された。
逆らいたくとも、今や学園のトップである彼に逆らうなど許されず。俺は北斗のしもべ達に、強引に引きずり出された。
特別棟へ出向くと、そこで待っていたのは、現生徒会長こと北斗七緒、そして、いわゆる素行不良の生徒達、十数人の姿だった。
『…俺をリンチにでもかけるつもりか?』
『リンチなんかよりもっといいことさ』
憎悪の目を向ける俺に、北斗は楽しげに笑う。
『これより、狩りを始める』
北斗は、類稀な美貌を歪めて宣言した。
『獲物は、前生徒会長、辰巳誠。フィールドは学園内、ハンターは俺が選りすぐった特別メンバー達だ』
不良たちが俺を見ては、にやにやといやらしい笑みを浮かべる。
『さあ、逃げろ。か弱い草食動物のように逃げ惑え。捕まれば、ハンターたちに捕食される。それがルールだ』
北斗の言葉に、俺は身を翻して駆けだした。
あんな人数相手に、どう抗おうとも叶うはずがない。
北斗の目論見通りに翻弄されるのは屈辱だが、逃げるほかに道はなかった。
そうして俺は今も、哀れで非力な草食動物のごとく、怯えて物陰で身を震わせているというわけだ。
「は…情けないな…」
かつての生徒会長としての威厳も何もない。
惨めな自分が、みっともなくて、悔しくて仕方がなかった。
「今のうちに…」
人の来ない教室を探し、追手らが諦めるまで隠れていよう。隠れていた教卓の下から抜け出し、入口へと向かう。
「見ィつけた」
背後からかけられた、獲物をいたぶるような声に、俺は身を強張らせた。
(くそ…! 見つかった…)
ぼんやりと考え込んでいたせいで、追手が近付く気配にも気付かなかったようだ。
だが、幸い声は一人だけ。これなら、何とか振り切って逃げられるかもしれない。
そう警戒しながら振り返った先に立っていたのは、想像だにしなかった人物だった。