「はぁ、はぁ、はぁ…」

 乱れた俺の呼吸が、無人の廊下に静かに響く。
 長時間に渡り全力疾走を強いられた身体は、今にもくずおれそうなほど疲労を訴えていた。
 地面だろうが床だろうが構わない。このまま地に倒れ伏し、心ゆくまで休息を貪りたい。

 だがここで、そうするわけにはいかない。どれだけそうしたくとも、できないのだ。
 俺を追っている『ハンター』たちに捕まったが最後。強欲なあぎとで喰らいつかれ、骨の髄までしゃぶりつくされるのは確実だからだ。

 力の入らない手足を何とか動かし、のろのろと廊下を進んでいたのだが、いくらも行かないうちに複数の足音が聞こえてきて、俺はとっさに近くの空き教室へ駆け込んだ。
 机が並ぶ無人の教室には、身を隠せるような遮蔽物はそう多くはない。目についた教卓の下に潜り込み、何とか身を隠した。
 その直後、バタバタという足音が到達し、荒々しくドアが開けられる。

「いたか?」
「いや、いねーや。こっちじゃなさそうだぜ」
「っかしーな、確かに気配がしたと思ったのに」

 ドア近辺から三人の男たちの声が聞こえる。
 俺は必死に気配を殺し、奴等が教卓のこちら側まで覗きこんでこないよう祈った。

「にしても、どーせ逃げらんねーってのに、ねばるよなあ」
「もうかれこれ一時間近く経つんじゃねー? 俺、そろそろダルくなってきたわ」
「そう言うなって。獲物は活きがいい方が、狩る側としても楽しいだろ」
「だな。抵抗する獲物を押さえつけて無理やり食う方が、断然燃えるわ」
「堕ちたとはいえ、元トップを食えるかもしれねーなんて、最ッ高の『狩り』だよな」

 嘲笑混じりの声が遠ざかっていくのに安堵すると同時に、湧き上がる屈辱に、拳を床に叩きつけた。

「くそっ…!」

(どうして…どうしてこんなことになったんだ…!)

 二日前、俺はこの学園の生徒会長の座を、リコール(解職請求)によって失った。

(あいつのせいだ…! 北斗、七緒…!!)



 一か月前、俺が生徒会長に就任すると同時に、この学園へとやってきた一人の転入生。
 そいつは冴えない眼鏡と野暮ったい黒髪の下に、美貌とカリスマ性を隠して、俺達へと近づいてきた。
 外見をステータスの一種と重視する学内では、北斗は取るに足らない存在に位置するはずだった。
 だがしかし、明晰な頭脳と快活な性格、並外れて優れた身体能力を持つ転入生は、自らの力を最大限に駆使し、実に鮮やかに学園に解け込んでいった。
 あっという間に、生徒会役員や風紀委員、有名運動部員等…いわゆる、学園の有力者たちの心を奪い、支配下に置き、北斗は自らの立ち位置を強固なものへと変えていった。
 その強引なやり方に反感の声も少なくはなかったが、北斗は不意に、鬘に隠されていたその類稀なる美貌を明かし、反意を実力で抑え込み、一挙にその地位を不動のものにした。
 北斗に逆らう者など、学園内にはもはや存在しないかに思われた。

 …俺、ただ一人を除き。

 周りの人間はみな、こぞって北斗の素晴らしさを称えたが、俺はどうしても彼を信用することができなかった。
 北斗が俺を見る目はいつも、うわべは親しげだったが、奥底に凍りつくような冷たさを秘めていたからだ。
 北斗はけして、振る舞い通りの人間ではない。俺はそう確信し、彼に対する警戒心を失うことはなかった。

 そんな風にいつまでも自分に靡かない俺に、北斗は焦れたのだろう。
 紛いなりにも俺は、この学園の生徒会長だ。俺を落とさない限りは、北斗がこの学園で力を振るおうにも、限りが出てくる。北斗にとって俺は、目の上の瘤のように邪魔な存在だったに違いない。名実ともに学園のトップに立つべく、北斗は実力を以って、俺を排除しにかかったのだ。


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