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「…そいつには、随分と手厳しいんだな」

 第三者のように事態を傍観していた乾が、冷笑を浮かべて南を見やる。

「俺はさ、辰巳さんみたいな馬鹿は、手ずから苛めたくなっちまうほど大好きなんだよ。だがな、南君みたいな卑怯ものは大嫌いだ。自分の手は汚さずに、欲しいもんだけちゃっかり掠め取っていくなんて、本当、姑息っつーか、やり方が汚いよな」

 北斗はやおらソファから立ち上がると、床に跪いたままの南の前へと歩み寄った。

「実際、お前は上手くやったよ。辰巳さんを追い詰めて、頼れるものは自分しかいないと思い込ませた。悪役を俺に押し付ける一方で、辰巳さんのカラダを存分に味わって、その上心まで手に入れようとした。俺がこうやって横やりを入れてやらなきゃ、今頃辰巳さんは、完全にお前にほだされてただろうな。残念だったな、目論見が外れて」
「っ…!」

 北斗の土足に手の甲を踏みにじられ、南が苦しそうに呻く。

「それじゃあ俺が面白くねえんだよ、南。お前のものになるんじゃ、意味がない。堕ちるなら、俺の手の中にしてもらわないと……なあ、辰巳さん?」

 暗い光を湛えた瞳で、北斗が俺に微笑みかける。正体を現す前にも、幾度か俺に向けられた……秀麗と言っていいほど美しいのに、鳥肌が立つほどの底知れなさを感じさせる笑み。全身を蜘蛛の糸に絡みとられ、身動きが取れなくなる…そんな錯覚すら抱かせる、艶やかなまでの笑み。


「南。お前を辰巳の制裁メンバーから外す」
「なぜ…!」

 突然下された宣告に、南が弾かれたように顔を上げる。

「なぜも何も、辰巳が悦ぶようじゃ、制裁としての体を成さないだろ? それじゃあただのセックスだ。俺は『制裁を下す』ために、お前と契約したんだぜ、南」

 驚愕に目を見開く南に、北斗は突き離すような口調で続ける。

「今後、辰巳への一切の干渉を禁ずる。元親衛隊員としてであろうが、元友人としてだろうが、近付くことは許さない」
「納得できません!! 俺は、辰巳を…!」
「俺に逆らうのか? 南 お前の父親が専務を務める会社は、昴グループとも取引があったと思うんだが」
「っ…!!」

 南が喘ぐように息を飲む。

 本格的に学園の支配に取り掛かった際、北斗が露わにした事実は、その美貌だけではなかった。
 日本で五指に入る勢力を誇る、昴グループの総帥…北斗晃一の一粒種であるという、その血統。
 良家の子弟が集う秋津学園内でも比肩し得るもののない、強大過ぎる後ろ盾を有していることを明らかにしたのだ。

「息子の不始末のせいで父親が不利益を被ることにでもなったら、とんだ親不幸ってもんだよな、南君」
「そ、んな…」

 血の気の引いた顔で、南がわななく。

 北斗からの、最後通牒。
 父親を盾に取られてしまえば、南はもはや北斗に逆らうことはできないだろう。
 …そして、俺を守ることも、出来なくなるだろう…
 家族を犠牲にしてまで、俺を優先させるわけがないのだ…
 いや、そもそも全ては南の企てだったのだから、守るということ自体が、お笑い草なのかもしれないが。


「…やっぱりてめぇは、俺なんぞ比べ物にならねえ位、えげつねえよ」

 呆れ顔の乾に背を向け、北斗が俺へと向き直る。

「お褒めに与り、光栄だな……さあ、辰巳さん。これで今度こそ本当に、あんたは孤立無援になったってわけだ。唯一の味方を失って、これからどうする? 俺の軍門に入るか? それとも親衛隊の奴等に嬲られ続けるか? あるいは、尻尾を巻いて逃げ出すか? どの道を選ぶんだ…?」

 空恐ろしいまでに艶麗な笑みを浮かべ、選択を迫る。
 ぎりり…と奥歯を食い締め、俺は北斗を睨みつけた。

「北斗…お前は、こんなことをして、何がしたい… 俺を責め苛んで、何になるんだ…! お前は一体…何を考えている……一体、何が目的なんだ…!!」

「欲しいものがあるんだよ、辰巳さん。俺はそのために、ここへ来た」

 血を吐くような俺の叫びに、北斗は短く、そう答える。

「欲しい、もの…?」

 家柄も、地位も、容姿も、能力も、仲間も…全てをその手に掴んでいるようなこの男に、欲しいものがあるだと…?

「…そう、どうしても欲しいものがある。だから俺は、そのためにあんたを手に入れる、この手の中に」

 信じがたい思いで見つめる俺に、北斗は開いた掌をぐっと握りしめ、己の胸元へと引き寄せる。

 それは、けして手に入らない何かを、希うような仕草で。
 得体の知れなかったこの男の内面が、ほんの少しだけ垣間見えたような、そんな気がして。俺はらしくもなくうろたえる。北斗が僅かに覗かせた弱さを、認めたくなかったのかもしれない。天使の皮を被った悪魔のようなこの男が、一人の人間に過ぎないのだと言う、その事実を。


「…俺は、絶対にお前のものになぞならない…!」

 だからこそ、俺はより一層、声に力を込めて叫び返す。
 全てを失ったとしても、俺自身まで譲り渡しはしない。
 俺の全てを否定する、この男にだけは屈したくない。

 こころだけは、誰にも渡すものか…!

「…そうだな、辰巳さん。あんたはきっとそう言うだろうと思ってたよ。だからこそ、そんなあんただからこそ、欲しくなるんだと、分からないあんたがいい。いいぜ、足掻けるだけ足掻け。それでこそ手に入れ甲斐がある」

 睨みつける俺にフッと笑い返し、北斗は踵を返し、風紀委員室の扉を開ける。

「…俺は絶対に、あんたを手に入れてみせる」

 それは予言か、宣戦か。

 いずれにせよ、俺は、抗い続ける。抗い続けてみせる、きっと。


【End】

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