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「正しい姿? それは一体、誰が決めるもんなんだ? 世界が変われば、ルールは変わる。世の中には、潔癖なあんたが見たらひっくり返りそうなルールが、堂々とまかり通っている国もある。それとは逆に、世界ではとうに主流を外れたルールが、この国で使われ続けている例もある。だけどそれは、どっちも間違っているわけじゃない。所詮、善悪の観念なんてものは、尺度の差に過ぎないからな。時代や地域や身分や信仰、様々な要素で基準なんぞ簡単に覆される、そこに普遍性はありはしない。つまり、絶対的な真理、定義、正義、そんなものは存在しないんだ。瑕のない基準や規律が存在し得ないなら、ルールなんてものは、一体どこの誰が決めればいい? 神仏にでも授けてもらうか?」

 正しい姿…それは一体、何なのだろう。

 俺が追い求めた正義は、この学園では誰にも受け入れられなかった。俺の独りよがりに過ぎなかった。受け入れられなかったのは、皆の基準にとって『正しく』なかったから…

 『正しさ』を定義する、規定や基準、正当性…ルールは、一体誰が決める? それは…

「その場に住まう…同じ、コミュニティに…属する、人々が…自らの、合意で…」
「よくできました」

 パチパチと乾いた音を立てて、北斗は手を叩く。

「ああ、わざわざ俺に教えられるまでもねえか。あんたは、父親は裁判官、母親は敏腕検事。絵に描いたような法曹一家の生まれだもんな」

 両親の職まであげつらわれ、俺はぎくりと身を強張らせる。

 何故、そんなことまで知って! 両親の話など、誰の前でもしたことなど…いや…

 …つい驚いてしまったが、この程度のこと、北斗が知っていても当然か。この学園では、本人の素質と同等以上に、家格も重視されるのだから。知遇を得た人間の素性を事細かに調べ上げる程度のことは、日常茶飯事のように行われていると聞く。
 …『外』から来た俺にとって、その神経質なまでの光景は、どれだけ経っても異様なものとしか映らないが。

「教えてくれよ、辰巳さん……汚職、いじめ、殺人、強姦、詐欺……あんたがいた『外』の世界は、あんたの言う『正しい』ルールに守られているはずなのに、どうしていつまで経っても綺麗にならないんだろうな。正義なんてものが本当にあるなら、とうにあんたの言う、誰もが幸福で、健全に生きられる、『正しい』姿になってしかるべきじゃないのか?」
「知っているさ…ルールは万能じゃない。皆が、幸せに生きられるわけじゃない…! だから俺は、ルールを作る人間になろうと思ったんだ!!」

 両親の姿を見て育つ中で、何よりも強く俺の胸を痛ませたのは、既存のルールでは救われなかった人の姿だ。必死に、懸命にもがいていても、より強い者に、悪辣な存在に食い物とされ、傷付くことしかできない哀れな姿。
 そんな姿を、もう見たくはない。嘆くばかりの弱い人々を救いたいと、そう俺は思ったのだ。

「そう…だから代議士になりたいんだよな。法律を策定する立場になるために。そのために、この秋津学園に来たんだろう?」
「どうして、知って…」

 問いかけて、言葉を飲み込む。決まっている、南が北斗に告げたのだ。
 俺は南一人の他に、夢を明かしたことはないのだから…

「つまりさ、あんたはこの学園の生徒達を、自分の野望を叶えるための手駒としか思っていなかったわけじゃないか?」
「ち、違う…!」

 悪意に塗れた捉え方をされ、俺は驚き首を横に振る。

 確かに俺は代議士になりたくて、この学園に入学することを決めた。
 でもそれは、誰かを利用するためじゃない…成長しても、共に支え合える仲間に巡り合えればと…そんな存在と、切磋琢磨できればと思って…

「違うのか? 本当に…?」
「ち、が…」

 南は、俺の大切な友人…だった。
 では、北見や、大東や葛西は? 他の、親衛隊員たちは?

 俺は、彼等を友人だとは…思ってはいなかった。自分に性欲を抱く彼等を、浅ましい存在だと思っていて…けれど、自分の力を強力なものにするために、彼等を拒まず………利用、した。

 ああ…これでは、北斗の言葉通りではないか…


「あんたはこの学園を支配するだけの力を持ってたんだよ、辰巳さん」

 愕然と立ち尽くす俺に、北斗はどこか哀れみの色を滲ませた眼差しを向ける。

「いくら親衛隊に票集めをさせたところで、ちからのない人間には信任は集まらない。あんたなら大丈夫だろうと、任せられると、あんたに投票した生徒達は確かにそう思っていたんだ。あんたは皆の信頼を得ていたんだよ…だが、あんたがしでかしたのは、あんな無軌道な政策だ。理想だけを追い求め、現実が見えていない、愚かな暴走。あんたは、生徒達の信頼を裏切ったんだ」
「あ…」

 裏切ったのは…周囲じゃない………俺、の方…

「なあ、鈍感なあんたにももう分かっただろう? 親衛隊が、生徒会役員が、風紀が、生徒達があんたを否定したんじゃない。あんたが先に、あいつらを拒絶したんだ。この学園の在り方を否定することによって」
「俺は…」

 俺が、生徒達を、裏切った…
 俺が、生徒達を、拒絶した…
 全ては、俺が…?
 だから俺は、全てを、喪ったのか…?

「ああ、でも南君のことに限って言えば、あんたが罪悪感を覚える必要はねえんだぜ、辰巳さん。肉体関係に拘らなきゃ、南君は今後もあんたの、親友って名前の一番でい続けられる可能性はあったんだからな。情欲に負けて、あんたを裏切った南君が、どう見たって悪いに決まってる」


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