13

 俺が、異端? 俺が異物? この学園に、相応しくない…?

 いいや、違う、俺は間違ってはいない。おかしいのはこの学園のあり方の方だ。
 いくら外部から隔てられた環境だからといって、こんな非常識なことを続けていては、『外』の世界に出た時に、その規則に適応できないようになってしまうし、それに何より、『人』としての心を損なってしまうではないか。

 だから、俺は皆のために…この学園の生徒達のためを思って…


「辰巳さん。あんたは何のために生徒会長になろうと思った?」
「…正義のためだ。生徒皆が、幸福で、健全な学園生活を送れるように…そのために、俺は…」

 まるで、俺の心の内を読み取ったかのようなタイミングで放たれた問いに、ドキリとさせられながらもそう答える。

 …だが、何故だろう。
 本心からの思いのはずなのに、どこか…上っ面だけを切り取った言葉が、舌の上を滑るような心地になるのは。

「なるほど、あくまでも学園の生徒達のことを思い、あんたは奔走したというわけだ。見上げた心がけだな、恐れ入ったぜ。潔癖症で根っからの善人体質のあんたくらいしか出来ない芸当だよ。だけどな、辰巳さん…だったらどうして、生徒達はあんたを否定したんだろうな? 生徒達のため、気高い理想のために、あんなに必死になったってのになあ?」
「それは…全てお前が仕組んだせいだろう! お前が俺を引きずり下ろすために、俺の評判を貶めたから、そのせいで…!」
「本当に? あんたは全ての原因が俺にあると思ってるのか? 自分は正しかったと、過ちを犯してなどないと、胸を張って言えるのか?」
「そ、れは…」

 もちろんそうだ!と、以前の俺ならば、迷うことなく肯けただろう。
 だが、今は。

 生徒会の役員だけではない。親衛隊員、一般の生徒達、風紀委員……それに、南。
 俺はこれだけの人間達から、自分のありようを否定された。
 自分が間違っていなかったと、確かに明言できるほどの、根拠も自信も失った。
 北斗の問いかけに、俺は、肯定の応えを返せない。

 言葉に詰まる俺に、北斗が微笑む。

「俺は思うんだよ、辰巳さん。親衛隊ってのは、実に合理的なシステムだってな。実力者のハーレムとして群れを形成し、庇護と献身を等価でやりとりする……支持者個々人がてんでんばらばらに動くより効率的で影響力も強いし、支配者側からしても統制が採りやすく、勢力拡大も容易になるってメリットがある。親衛隊とその主が度を越したオイタをしちまった時には、風紀委員が歯止めをかけるしな……欲望を持て余したガキどもが即興でこしらえた割には、よくできた仕組みじゃねえか。もっともまあ…親衛隊なんて大仰な名前こそ付いてはいれど、似たようなシステムは古今東西、社会のどこでだって見受けられる、ごくありふれた主従の形に過ぎないけどな。あんたが取りわけ目くじら立てるほど、救いようのないモノってわけじゃねえと思うぜ、親衛隊ってやつはな」

 問いかけておきながら、北斗は俺の返答を求めようともせず、唐突に話を転換し、論点を親衛隊へと持っていく。

 なぜ今、親衛隊の意義について語る必要がある…? 俺が、否定したことだから、か? この、学園のかたちを…

 面食らう俺を傍目に、北斗は淡々と持論を展開してゆく。

「生徒会役員を決定するランキングもそうだ。生徒間信任投票なんて堅っ苦しい名前じゃなくて、人気ランキングなんて俗称で呼ばれてるが、あの統計が測ってるものは実のところ、人気というより勢力といった方が正しいな。人気があるということはつまり、それだけの支持者を得ている、その支持者ごと全部ひっくるめて自分の力に出来るってことだ。群れを一つにまとめ上げ、望ましい方向へと導くために、長たるべき者に一番必要なのは、まさにこの力だよな。
 人気なんて言っちまえば低俗な印象を受けるが、そう馬鹿にしたもんじゃない。いくら欲しがったところで、ただじゃあ手に入らない。能力、資質、魅力、実力、出自…そいつ自身に力が伴わなければ、人の心は得られないんだ。…あんたは下らないと蔑むだろうが、辰巳さん、ルックスも家格も、統治能力を測る上でけして軽視できない要素だぜ。欲に曇った、偏った目で見ているわけじゃない、なぜならば、美貌は力だからだ。美しさというものはそれだけで、他者の羨望や嫉妬、欲望といった感情を掻き立てる。美貌を武器とすることで、ただ存在するだけで他者の心を支配できるんだ。金もまた、然り。財産は浪費することは容易だが、築くことや維持することはなかなかに困難だ。家が金持ちだってことは、その一族はそうできるだけの能力を有している事実を表してる。必然的に、財力を保持し続けてきた家で養育された人間は、高度な知的環境にあって、ある程度の才覚と知性を備えていることになるってわけだ。愚か者のところには、金は回ってこねえからなあ。
 分かるだろ?ルックスも家格も、生徒達は単なるミーハーで騒ぎ立ててるんじゃない、誰よりシビアな目で、自らを支配するに相応しい人間を見極めているのさ。
 人気ランキングで役員に選出された人間も、それによって統治者としての自覚を持ち始める。大多数に能力を認められたのに、それに応えないのは自らの無能を曝け出すだけだ。ちからがある奴は、プライドも高い。家名を背負って立つ者としても馬鹿な真似は出来ないしな。資質なんてもんも、やっていくうちに自ずと目覚める。もともと素質はあるんだ。人気ランキングなんて馬鹿馬鹿しい制度で決められた役員だろうと、一高校の生徒会程度の運営くらい、十全にこなして見せるだろうさ。支配される生徒にとっても、能力に欠けた奴に、点数稼ぎや勘違いした正義感のためにトップに就かれるより、自然選出された王に統治された方が、ずっといいだろ?」

 俺が必死になって否定してきた制度を、北斗は全面的に肯定して見せる。

 …北斗は、俺が生徒会長となった経緯を知り、嘲っているのだろうか。

 先程からずっと、麻痺したように痺れたままの頭で、ぼんやりとそう考える。
 俺はランキング制度による役員選出を肯んぜず、南達に集票を指図し、生徒会長に選出された。
 生徒達の自主的な意思表示を歪め、意図的な選挙結果を導き出した…つまりはそういうことになる。

 本来ならば、選ばれるはずのない人間が、生徒会長に就任した。
 だから俺はこの学園の統治に失敗したのだと、そう言いたいのだろうか。

 …事実、そうなのだろうか。
 そもそも、俺に…生徒達の指導者たる資格が欠けていたのだろうか。
 俺には皆を率い、治め、導くだけのちからがなかったということなのだろうか…?

 今の事態を招いたのは、全ては俺の力不足が原因だと…


 だけれども…大切なことは、もっと他にもあるはずだ。能力だけが、全てではないはずだ。力だけで、全てを決めて良いわけがない。

「…そんな…そんな制度は、間違ってる。力だけが、全てなんて…」
「ふうん? なら、他にどんな資格が必要だ? 理想?信念?夢か希望か? そんなもんで群れのトップに立てるなら、誰だって生徒会長になって然るべしってもんだよな。あんたじゃなくたって、檜枝だろうが乾だろうが、あるいは、俺であろうとも」

 北斗の問いに、答える術を俺は持たない。
 トップとしての統治に失敗した俺に、一体何が言えるだろう。
 けれど俺は、北斗のやりようを受け入れることだけは出来ないのだ。頭が理解しても、心がそれを許さない。

「分からない…何が必要かなんて、俺には分からない…! ただ、これだけは言える。お前がやっていることは犯罪だ! ルールを破り、倫理を犯す…そんな人間を、俺は認められない…! 絶対に認めない!!」
「犯罪? 人聞きの悪いこと言ってくれるなぁ。鈍いあんたにもわかるよう、懇切丁寧に教えてやったろう? あの方法を選んだのは他の誰でもない、南君だってな。制裁の内容に、俺は一切の指図はしていない。俺はむしろ、南に御輿として利用された哀れな犠牲者だぜ。同情してくれてもいいくらいだ……まあ、南君達が犯罪者だってことまでは、俺も否定しないけどな」
「そ、れは…」

 直接手を下したのは、南達だ。
 北斗がそれを教唆したのだとしても、選択し、実行したのはあくまでも南達自身。北斗はその手を染めていない…

 ならば、俺は何の罪を以って北斗を咎めればいい? 答えが見つからず、混乱する。

「…なあ、辰巳さん、あんたは一体何が不満だったんだ? 親衛隊も生徒会も風紀委員も、たかがガキのごっこ遊びじゃないか。生徒は皆、そう割り切ってる。あんたも割り切って、この学園の在り方を受け入れればよかったんだよ。そうすりゃ惨めに会長の座を蹴落とされることもなく、南君達に裏切られることもなく、こうして俺の前に這いつくばる必要もなかったんだ。あんたは自ら貧乏くじを引いて馬鹿を見てる。どうしてだ?」
「俺はっ…! 俺は、俺はただ、皆に…学生として、正しい姿であって欲しかっただけなんだ…!」

 血を吐くような思いで、それだけを俺は叫ぶ。

 そう、確かに…望んでいたのは、それだけだったのに…


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