12

「う、嘘だ…嘘だ嘘だ、嘘だっ!!」

 南が俺を裏切った? 俺の身体を手に入れるために、俺をリコールにかけた? 北斗ではなく南が…俺を、奈落へと突き落としただと…?!
 そんなことが、あるはずない! 北斗の言葉など信じられない! …信じ、たくない…

 告げられた、あまりに衝撃的な言葉に取り乱す俺に、北斗がどこまでも冷徹な声で告げる。

「あれは、リコールの一週間前のことだったな、南…お前が俺に会いに来たのは。俺はてっきり、辰巳さんのことを檜枝達に取り成してくれるよう、嘆願に来たもんだとばかり思ってたぜ。まさか辰巳さんの親衛隊長その人が、辰巳さんを追い落として会長に就任するよう、俺を唆しに来るなんて、一体誰が想像できる? 辰巳さんの親友だと大手を振って歩いている奴が、身体欲しさに裏切ろうだなんて、そんな下衆な企て、一体誰が思いつくよ」
「でたらめだ!! お前の言葉なんか、誰が信じるか!!」
「信じられねえなら、南君本人に聞いてみろよ。俺の言葉が嘘かどうかをな」

 噛みつく俺に北斗は薄く笑い、南を顎で指示す。俺はその悪魔のような囁きに促され、俯く南に必死に縋りついた。

「…嘘に決まってるよな? お前がそんなことをするわけがない。なあ、そうだろ、南…全部、北斗の作り話に決まってる。なあ、嘘だって…嘘だって、そう言えよ!!」

 最後はヒステリックになってしまった問いかけにも、南は黙したまま答えようとしない。
 何故、応えない? …それは、否定できないからだ。北斗の言葉が、偽りではないと言うことなのだ。

 南は、北斗に命じられたわけではなく、初めから、自分の意思で。

 …俺を、裏切ったのだ。


 その事実を理解した瞬間、急に目の前が闇に包まれたかのように暗くなった。意識がフッと遠のき、身体がくずおれかける。
 だが、俺の身体は倒れ伏すことなく、しっかりとした力で支えられ、温かな体躯に包み込まれた。
 南の、腕の中に。

 …俺を、裏切った癖に。どうして、護るような真似を。

 助けてもらったことに感謝を覚えるよりも先に、怒りが込み上げる。

 裏切った癖に!
 誰よりも信じていたのに、俺を、裏切った…!!

「何で…っ!」

 荒れ狂う激情のまま、それまでずっと縋っていた南の胸に、両の拳を叩きつける。
 背に回された南の腕を振り払おうと身体を振るわせれば、すでに力の抜けていたらしいその腕は、呆気ないほど容易く、俺から滑り落ちた。

 つい先ほどまでは、最後の砦のように思っていた、その腕の中。穏やかで、温かく、優しく。母親の胎内のように、居心地の良かったその場所。
 それは、全て偽りだったのだ。
 平穏も、安堵も、信頼も…友情も、全てが。

「どうして…!!」

 どうして、俺を裏切った?
 言葉にならない問いに、南は目を逸らしたまま沈黙を守り続ける。

「答えろよ…っ!」

 声を荒らげ憤る俺に、横から北斗が告げる。

「しょーがねーよなぁ。元会長様は、南君の告白をずーっと拒絶し続けてたんだから」
「え…?」

 投げかけられた思いもよらないその言葉に、俺は戸惑い、目を瞬かせた。

「告白を、拒絶…? 俺は、そんなことはしていない。…それに南だって…告白なんて、してこなかった…」

 南が俺に恋愛感情を抱いていたなんて、俺はあの制裁の時までまったく知らなかったのだ。南も他の隊員達とは違って、それを匂わせるような行いは全くしてこなかった。
 だから南は純粋に、友情で俺と付き合ってくれているのだと、ずっとそう思ってきたのだ。

「してたじゃんよ、ずーっとさぁ!」

 俺の無知を糾弾するように、北斗が声を張り上げる。

「…止めろ…」

 南がそれを弱々しい声で止めようとするが、北斗は無視して言葉を重ねた。形のよい唇に、嘲りの笑みを浮かべたまま。

「親衛隊を結成して、あんたの敵を排除して、守って、尽くして! あーんなにあんたが大好きだって行動で示してたのに、あんたはその叫びを無視した揚句、親衛隊の廃止なんてことまで言いだした。南君にとっちゃ、手酷い裏切りだ。今までの愛情を、全て否定するも同然だもんなあ」
「止めろっっ!! 頼む…もう、止めてくれ……」

 蒼白な顔でそう叫び、南がその身を震わせる。

「辰巳さんは鈍感だから、これくらいストレートに言ってやらねえと、お前の気持ちも伝わらないままだぜ、南。それとも今になって恥ずかしくなったのか? 親衛隊を結成したのは友情からじゃなくて、浅ましい下心からだって事実が。それとも、純粋に友人として自分を慕っていた辰巳さんに、薄汚れた欲望を抱いていたことの方か? いや、親友として置かれていた無謬の信頼を、その薄汚い欲望と天秤にかけて裏切ったことか?
 そうだよな、知られちゃマズイよなあ、南。そんなことが知られちまったら、大好きな辰巳さんに軽蔑されちまうもんな。辰巳さんを守るって口実でそばにいれば、また前みたいな関係に戻れると思ったんだろ? 俺に命じられたふりを装ってれば、辰巳さんを抱きたいって望みを叶えながら友人面をし続けていられると、そう思ったんだろう…?
 …ったく、厚かましいよな。気付けよ、南。辰巳さんを裏切った時点でお前はとうに、安らぎだとか友情だとか、まして愛情だとか、そんな幸せなんてものの片鱗すら、手に入れる権利を失ってるんだってことを」

 鋭い北斗の舌鋒に打ちのめされたかのように、南はがくりと床に膝をついた。
 だが、俺を当惑させたのは、北斗が糾弾する南の秘めた想いではなく、俺を裏切ったその理由の方だった。

 親衛隊を解散しようとしたことで、俺は南の心をも否定しようとしたのだと、南はそう受け止めたのだろうか。
 だから、俺を裏切った…?

「だって……俺は…普通に、友人としてそばにいてくれれば、それだけでよかったんだ。親衛隊なんて…そんなことしてくれなくたっても…」

 頭を垂れて打ちひしがれる南に、困惑しつつ、慰めとも言い訳ともつかぬ言葉をかける俺を、北斗がせせら笑う。

「だからさ。南君は、それだけじゃ足りなくなっちまったんだって。生温い友情なんかじゃ満足できなくなっちまったんだよ。健気じゃねえか。あんたに愛を伝えたくて、溢れる想いを捧げたくて、自分のできる全てのことをやろうとしたんだ。そうすりゃ、いつかあんたが振り向いてくれるかもしれねえってな」
「おかしい、だろう……そんなやり方…」

 歪だ、そんな方法は。人の心は対価を捧げて手に入れられるほど、単純なものではない。
 『親衛隊』を結成して、献身を捧げ、その褒賞として愛情を得る。学園で、当然のことのように行われているこの歪んだ愛情表現を、俺は正しいとは思えない。

「仕方ねーだろ? そんなやり方でしか、愛を伝える方法を知らねえんだから。じゃあ辰巳さん、あんた、南君に普通に告られて、受け入れられたか? 好きだから恋人になってくれって言われて、そうできたかよ」
「それは…」

 南は大切な友人だ。友人、だった…
 仮に、何も知らなかったあの頃に、南から告白されたとして、それで俺が南を恋愛の対象として見られたかというと、そうなったとは思えない。
 この学園や、世間に存在する同性愛を否定するわけではないが、自分がその立場になることを、俺はどうしても想像できないのだ。同性である男性を愛することも、受け入れることも。

「だろ? あんたの言う『普通』じゃ、どうやったって駄目なんだよ」

 ソファの上で脚を組みかえた北斗は、目を細めて俺を見つめた。獲物をいたぶる前の猫のような、酷薄な眼差しで。

「なあ、辰巳さん。あんたは南君のやり方をおかしいと言ったが、一体どんな根拠があってそんなことが言えるんだ? この学園は、外界から隔絶した孤島みたいなもんだ。独自のルールが発展して文化が生まれた、いわば一つの社会だ。そのちっぽけな世界で、レールの敷かれた現実に戻るまでの期限付きで、麻薬みたいな夢を見ていられる。生徒達はこの仮初めのユートピアで、そう割り切って恋愛ごっこに興じているんだよ。そのルールを受け入れられないあんたの方が、この社会に取っちゃ異端なんだ。おかしいのは、辰巳さん、あんただよ」
「俺が…?」


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