11

 助けて、くれた…
 北斗ではなく、俺を、選んでくれた…!

「みなみ…」

 この狭く歪な、牢獄のような学園でただ一人、俺を受け入れ守ってくれる温かな腕に、全身を委ね、瞳を閉じる。

「お前達になど…! 辰巳には指一本触れさせない!!」

 全身で俺を庇いながら、南が全ての敵に対し、そう宣言する。

 …南は俺を守ろうとしてくれてはいるが、一人の力では、北斗や乾、風紀委員達を相手に敵うはずもない。抗ったところで、赤子の手を捻るがごとく呆気なく捻りつぶされ、俺は玩具のように弄ばれることになるのだろう。

 だが、そうなると分かっていても、俺は先ほどまでの絶望から解き放たれ、胸が熱くなるほどの喜びと、満ち足りた幸福感を覚えていた。
 南が北斗に逆らってまでして助けようとしてくれた、それだけで俺の心は救われる。
 身体など、どれだけ痛めつけられたところで構いはしない。傷などいずれ必ず癒えるのだから。
 それよりもずっと大切なものを、取り返すことができた。
 …それだけで、十分だ。

 迫る凌辱に、俺は耐える覚悟を決め、涙を振り払い、ゆっくりと目を開けた。



「そこまでだ」

 唐突に、北斗の声が室内に響く。
 風紀委員達はその命に従い、ぴたりと歩みを止め直立不動の姿勢になる。

「北斗…?」

 今度は一体、何をしようというんだ?
 鋭い目で俺達を見つめている北斗に、いぶかしむ眼差しを向ける。

「悪いな、ちょっとした実験だ。乾に協力してもらって、あんたと南君を試させてもらったんだよ」
「期待に添えなくて悪かったな、辰巳。俺はこいつらを、お前の元親衛隊みたいな犯罪者予備軍にはしたくねえんでな。救い難い荒くれ者ばかりだが、俺に取っちゃ可愛い部下だからな……お前達、出番は終わりだ。下がっていい」

 乾の指図に従い、風紀委員達は一礼して部屋を出てゆく。

 すると…一連の事態は全て、茶番だったというのか? 一体、何のためにこんなことを…

 北斗と乾の言葉に混乱して、俺はわけも分からず問い返す。

「試す、って…何を…」
「聞けばこのところ、随分仲良くしてるそうじゃないか、あんたら。今にしても、しおらしく縋っちゃって、まあ…辰巳さん、南君にさぁ、優しくされてほだされたか? そいつに惚れたのかよ」

 含み笑いと共に揶揄の声をよこされ、羞恥に頬が熱くなる。
 南に庇われ、抱き締められ、守られて。これでは、まるでか弱い女のようだ。
 だが、例え笑われたとしても、俺はこの手を放すつもりはない。やっと手に入れた唯一の居場所なのだ。何を犠牲にしても、守り抜いてみせる。
 そんな思いを込めて睨み返せば、北斗は目を細め、何かを確信したかのようにゆっくりと肯いた。

「なるほど……じゃあ、南君の目論見通りにいったってわけだ」
「…目論見?」
「なあ、辰巳さん。そいつがあんたを追い込んだ張本人ってこと、忘れてねーか?」
「…南は確かに俺を裏切った。だが、俺を追い落としたのは他の誰でもない、お前だろうが!! 全て、お前が…!」

 生徒会役員らを操り、俺をリコールにかけ、制裁という地獄に突き落としたのは、目の前で不敵に笑うこの男だ。南はその手足として、俺を苛んだに過ぎない。
 南に罪がないとは言えないが、全ての元凶である北斗に比べれば、悪意も悪事もほんの些細なものではないか!

「あれ、知らなかったのか?」

 激高する俺に、おどけた声とわざとらしい仕草で、北斗は目を丸くして見せる。

「俺に、あんたをリコールするよう持ちかけてきたのは、南君の方なんだぜ」



 北斗が何を言っているか、一瞬、理解できずに、俺は呆けた。

「え…」

 真っ白になった頭の中で、北斗の言葉がゆっくりとリフレインする。
 南が、俺をリコールにかけさせた?

「何を、言って…」

 問い返す声が、掠れる。

「言葉通りだよ。あんたを今の立場に貶めたのは、南だって言ってるんだ」
「それは…っ!」

 南が、焦ったような声で北斗を遮ろうとする。

「南…?」

 抱き締めている南を見上げれば、苦しげな表情を見せ、俺の眼差しから逃れるように顔を伏せた。

「嘘、だよな…お前が俺を、リコールさせただなんて…」

 震える声で問う俺に、南は答えを返さない。
 代わりに返事をよこしたのは北斗だ。

「本当だぜ、辰巳さん。南君は手の届かないあんたを自分のものにするために、俺にあんたを栄光の座から引きずり落とさせたんだ」


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