「辰巳様。お慕いしております」
「辰巳サマ。愛してるぜ」
「辰巳様。あなたが好きです。好きで好きでたまらないんです」
「…辰巳様。もう、我慢はできません」
かつての親衛隊員であり、友人でもあった四人が、呪詛のような愛の言葉を吐きながら、俺の四肢に絡みついてくる。
発情した獣めいた浅ましい欲望をその眼に滾らせ、捕獲した獲物…俺を、地へと押さえつける。
俺の両腕と両足を捕らえた彼等は、そのままむしゃむしゃと俺の身体を喰らい始めた。
「やめろ、放せ…!」
「愛しています」
「かわいいぜ。最高だ」
「足りない…もっと…」
「あなたが、欲しい」
生きながらに食われる恐怖と嫌悪に、四人を振り払おうともがくが、彼等はますますべったりとしがみつき、貪欲に俺を貪り続ける。
そうしてじきに腕も足も身体も、全てが奪い尽くされ、ただ一つ、心臓だけがその場に残された。
俺が生きている証、俺の心の拠り所、その心臓を、南が拾い上げ、にっこりと笑う。
愛おしそうに、敬虔そうに口付けたのち、リンゴのように赤い俺の心臓に、南が齧りついた。
南の掌に収まるほどに小さな心臓は、見る見るうちに体積を減らしてゆく。
喰われてしまう。俺の、心も…
「辰巳様?」
声と同時に身体を揺り動かされ、俺はハッと目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、心配そうな顔の南と、薄暗い天井。
「夢、か…」
そうだ、南との行為の後、あまりの疲労に堪え切れず、そのまま意識を失ってしまったのだ。
それにしても、酷い夢だった。夢と分かってもまだ、心臓が踊っている。
「すみません、うなされていたようだったので……嫌な、夢だったんですか?」
「…思い返したくもない」
「…大丈夫です。ただの夢だ。ここには、あなたを脅かすものは何もない」
かけられた温かみのある声に、かつての親友の姿が蘇る。打算も欲望もなしに、純粋に俺を案じてくれていた、友人であった頃の南が。
「っ…!」
細身ではあるが、綺麗に筋肉の付いた均整のとれた身体に、俺は躊躇うことなくしがみついていた。
「辰巳様…」
南の肩に顔を埋め、小さく震える俺を、南がそっと抱擁する。
「大丈夫です、俺がいます。ここに、いるから…」
乾いた掌が、俺の背を何度も往復する。
南の身体の熱、肉体の確かな力強さに包まれて、高鳴っていた心臓が、次第に落ち着きを取り戻してゆく。
「南…南…!」
重なった胸から伝わる鼓動に、頬を撫でる掌に、俺を抱き締める腕に。
覚えるのは嫌悪感ではなく、あるべき場所へと帰ったような、優しく、温かな安堵だ。
ああ…俺は、この腕の中に囚われてしまったのかもしれない。
あの日…自分のしてきたことが全て無意味だったという事実を突きつけられた時…俺の中で、何かが壊れて、砕け散った。
夢…希望…情熱…そして、信念。
これまで北斗にどんな辛酸を舐めさせられても、かろうじて立っていられたのは、自分は間違ったことをしていないという自負心があったからだ。
だが、その幻想も、砂のように脆く儚く崩れ去ってしまった。北斗からでも、乾からでも、南達からでもない、一般の生徒達からの、拒絶によって。
俺は心の拠り所を失い、歩むべき道を見失った。
このまま力尽きて、道半ばで倒れてしまおうと思った。
けれどもその時、南が…南だけが、転びかけた俺を支え、手を差し伸べてくれた。
俺を苛む腕で、俺を支え、抱擁する。背反する腕の優しさと温かさに、俺は得難い価値を覚えてしまったのだ。
制裁と称して行われる南との行為を、苦痛に感じられなくなってきている自分を、日々、実感する。
女のように扱われることも、意に反して組み敷かれることも、快楽と苦痛を支配されることも、南によってなされることならば、それは耐えがたい屈辱ではなくなった。
むしろ…あの腕に包まれるのであれば、喜ばしいことのようにすら感じられた。
…俺の南への想いはきっと、恋愛感情ではない。
それでも、ただ一人の理解者を繋ぎ止めておくためならば、身体を差し出すことくらいは、容易いことのように思えた。
この学園で、俺を理解し、俺を心から案じてくれるのはただ一人、南だけなのだ。
もはや、この場所でしか俺の安寧は得られない。
南を、喪いたくはない。どんな目に遭わされようとも…
「辰巳……俺が、そばにいる。ずっと、そばにいるから」
「みな…んっ」
そう囁いた南の唇が、俺の口を塞ぐ。
「ん、ふっ…ん、う…」
親友とは、こんなことをしない…
脳裏に浮かんだ常識はすぐに消え去り、与えられる口付けに、俺は溺れていった。