しん…と静まり返った生徒会室に、不意に北斗の明るい声が響く。

「そうだ乾、あんたも辰巳さんのことは気に入ってたよな? せっかくの機会だし、試させてやろうか」
「っ!」

 この上、乾までもが俺を苛む一団に加わるのか。
 顔を引き攣らせる俺を見て、乾が薄く笑って首を横に振る。

「結構だ。ぼろぼろな状態のこいつをやったところで、面白みに欠けるだろ。どうせやるなら、万全な状態の辰巳をズタズタに引き裂いてやりてえからな」
「出たよ、ドエス。俺を性悪って言うけどさ、あんたの方も十分えげつないよなよなー」
「褒め言葉だな」

 北斗と乾が軽口を叩き合っていると、生徒会室の扉が突然、けたたましい音を立てて開かれる。


「七緒!」

 一人の男子生徒が、上品な顔立ちを苛立ちに歪ませて、つかつかと北斗の方へと歩み寄ってくる。
 生徒会副会長の檜枝。かつて俺と、学園のあり方を巡って幾度も対立を繰り返した相手だ。

「檜枝? どうした、今日は生徒会としての業務はないはずだろ」
「あなたがこの時間になってもまだ教室に来ないから、心配になって探しに来たんです!」
「そうか。悪かったな、手間かけさせて。この通り俺はピンピンしてるぜ」
「それより七緒、なぜ乾がここにいるんです。風紀委員長などと馴れ合うなんて、一体どういうことですか」

 檜枝は険のある目で乾を睨み、北斗にそう問いただす。

「そうつんけんするなよ、檜枝。乾は有能で使える人間だぜ。お近づきになっておいて損はないだろ?」
「代々、生徒会と風紀委員会は対立を続けてきました。風紀はいつも、生徒会の権力を抑え込もうと画策してきたんですよ。彼等は僕達の敵です!」
「共通の敵を持った時は、仇敵とも協力し合うもんだろう」
「辰巳という最大の敵は既に排除したんですから、これ以上慣れ合う必要はありません。馴れ馴れしく七緒に近付くな、死肉漁りのハイエナが!!」
「ふん。テメエごときに命令されるいわれはねえよ。俺は俺のやりたいようにやる。生徒会の人間だからって、容赦すると思ったら大間違いだぜ」

 しばし乾と火花を散らし合った後、檜枝は怒りの矛先をこちらに向けてきた。

「辰巳、あなたもあなたです。七緒に従う気がないのなら、この学園から出てお行きなさい。目障りなのですよ、何の力もないのに、みっともなく権力の座に固執して! 身の程を知れ!!」

 本来は穏やかで柔和な顔立ちが、今は怒りの余り醜く引き歪んでしまっている。
 憎しみの深さをありありと知らしめてくる形相に、俺は圧倒され言葉も出ない。

「散々この学園をひっかき掻き回して、秩序を滅茶苦茶に破壊して、さぞ楽しかったでしょう? 満足したならさっさとここから消えてくれませんか?」
「男の嫉妬はみっともないぜ、副会長さん。会長に選ばれなかったからって、辰巳を追い出して満足できるのかよ」
「なっ…! だ、誰がこんな、庶民上がりの身の程知らずに…!!」

 乾のからかいに頬を赤く染めた檜枝が、俺に向かって手を振り上げる。

 殴られる!

 衝撃を予測し目を閉じるが、いつまでたっても痛みは来ない。
 そっと目を開ければ、振り下ろされたてのひらは、俺に届く前に大東の手によって止められていた。

「檜枝様。例えあなた様であろうと、辰巳様を傷付けることは許しません」
「許さない? たかが親衛隊員の分際で、誰に向かってものを言っているつもりだ!!」
「檜枝。辰巳さんの身の安全は、この俺が保証したんだ。辰巳様が堕ちるまでは、俺が許可した人間以外に嬲らせねえってな。俺の面子を失わせることはしないでくれ」
「…分かりました。あなたがそう言うなら」

 渋々といった様子で、檜枝が怒りを治める。

「七緒、こんな下らない余興のために、あなたの時間を無駄にすることはありません。授業が始まります、教室へ行きましょう」
「仕方ねえな、今日は解放してやるよ。また今度楽しもうな、辰巳さん」

 俺に手を振って見せてから、北斗は檜枝と連れだって生徒会室から出ていく。

 どうやら、最悪の事態は回避されたようだ。
 大東の腕から解放された俺は、安堵と精神的な疲労のため力を失い、へたりと床に座り込んだ。

「今の危機から逃れたからって気を抜かすなよ、辰巳。お前の地獄はまだ終わっちゃいないんだ」

 ソファから立ち上がった乾が、擦れ違いざまにそう告げてくる。

「この学園に、お前の味方はいないものと思え」

 友人も、親衛隊も、風紀委員でさえも。
 誰も、俺を助けてはくれない。

 改めて突き付けられた現実に、俺は挫けそうになる気持ちを必死にこらえていた。


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