「何やってんだ?」
俺達の様子をぐるりと見渡して、乾が尋ねる。
大東が俺の身体を抱え込み、北見が衣服を脱がせかけ、それを北斗が見守っているという光景だ。
一体何事かといぶかるのは当然だろう。
怪訝な顔の乾に、北斗が笑う。
「あんたも見ていくか? 元会長さんと、その親衛隊員との3P」
「おいおい、随分えげつねぇ真似すんなァ」
「えげつない? 何を今更。この学園の在り方そのものがまず、何よりえげつないだろう? 俺はそれに合わせたまでだぜ」
「嘘つけ。お前は絶対、根っからの性悪だろ」
突如として現れた第三者の存在に大東も北見も手を止め、事態の推移を見守る構えだ。
乾の登場に、俺は一縷の希望を抱く。
生徒会長にも比肩しうる力を持つ風紀委員長の乾なら、この場を治めてくれるかもしれない。
「止めさ、せてくれ…」
強張る喉から絞り出した声に、乾と北斗が振り返る。
「助けてくれ…!」
大東に抱きすくめられたまま、必死に乾に懇願する。
「なあ北斗。あいつは俺とお前、どっちに助けを求めてると思う」
「俺はそうなるよう仕向けた張本人だぜ。そんな奴に頼みこんだところで、事態が改善すると思うもんかよ。どう考えてもあんたにだろ」
「助ける? 何で俺が?」
とぼけた様子の乾に、俺は苛立ちと焦りを覚え、怒鳴りつけるように叫ぶ。
「お前は、風紀委員長だろう?! 頼む、この行為を止めてくれ…!」
「まあ、そうだな。俺は、あんたが解体、再編成しようとしていた風紀の長だ」
棘のある乾の言葉に、身体が強張る。
「てめえが失脚させようとしていた人間に、今更情けを請おうってのは、ちょっとムシの良過ぎる話だよな?」
「それは…」
そう。俺は、乾を風紀委員長の任から外そうとしていた。
乾率いる風紀委員の活動形態は、俺には到底受け入れがたいものだった。
風紀を乱した生徒に対する粛清は常軌を逸した暴力行為によって行われ、その光景は、校内の秩序を保つためというには、余りにも残酷すぎた。
あんな野蛮な行いを、このまま続けさせていいはずがない。
そう決意した俺は、風紀委員の中でも穏健派の人間を乾の代わりに風紀の長へと据え、暴力的な委員らを退任させようとした。
その計画は北斗の登場によって頓挫させられ、実行には移されなかったが、陰で乾を追い落とそうとしていた俺に、乾が好意的な感情を抱くはずもない。
言葉を失う俺に、乾が口の端だけで笑って見せる。
「なあ、元会長さん、知ってるか? 北斗が生徒会長になってから、校内の事件沙汰はグンと減ったってこと」
「え…」
「トップが厳格に手綱を握ってるおかげだろうな。北斗の命に逆らうような馬鹿をする人間は、ほとんどいなくなったんだよ。ま、あんたが就任してから、トラブルが一気に増えすぎたってのもあるんだろうけどな」
ソファにどっかと腰かけ、乾は冷めた声で俺を断罪してゆく。
「親衛隊の解散命令を予告するわ、校紀の締め付けは厳しくするわ…就任早々、やらかしてくれたよな。その反動で、馬鹿どもが暴れる暴れる。そのくせ、風紀の処罰方法に規制を設けてくれたおかげで、現場は大混乱だ。馬鹿どもを取り締まりたくとも、手出し厳禁にされたせいで舐められて、ことを治めることすら出来やしねえ。それなのにあんたは、事件に対処しきれない風紀の怠慢と責めやがる。本っ当に、腹立たしいったらなかったぜ」
「俺、は…」
知らなかったのだ、そんな事態になっているなど。
暴力などに頼らずとも、理性ある人間ならば、言葉で分かりあえるはずだと、そう思っていたのだ。
それが理想論だということは、今となっては身を以って思い知っている。
どれだけ誠意を込めて話したとしても、伝わらない言葉は、確かにある。
「どうだ、辰巳。お前はそれでも俺に助けを求められるのかよ。できるなら、随分と恥知らずな人間だってことになるな」
向けられる冷笑に、俺は何も言えなくなる。
乾の、言うとおりだ。俺は自分勝手な正義感に囚われ、結果、風紀委員を混乱させ、校内の事件数を増やすこととなった。
その負荷を一身に背負っていただろう乾に、その元凶たる俺が助けを求める権利など、あろうはずもない。