朝が来ても癒えることない身体の痛みや、重くまとわりつくような倦怠感にも、もう慣れた。
逃れられないなら、受け入れて消化していくしかない。どんな苦痛であろうとも。
本音を言ってしまうと、北斗が支配する学園になど通いたくはない。
だがそれは、俺が北斗に屈したということを認める行為であるし、幼い頃からの夢を諦めることにもなってしまう。それは、俺が俺であるという意味を失うということだ。
俺がこれからも自らの生き方を貫くためには、ここで逃げ出すことはできないのだ。
例え、どんな屈辱を味わわされようとも。
「お早うございます、辰巳様」
身支度を整え寮の私室を出ると、部屋の前に二人の生徒が立っていた。
「大東、北見…」
「北斗様がお呼びです。どうぞおいで下さい」
「…どうせ、拒む権利はないんだろう。連れていけ」
諦めたように言えば、二人は俺を挟むように両脇へと控える。
その姿は、かつて俺が二人と親しくしていた頃と、何ら変わりないように見えるのに。
俺に腕に絡め、弾むような足取りで進む北見に問いかけた。
「…嬉しそうだな」
「嬉しいです。辰巳様とこんな風にできる日が来るなんて、想像もつかなかったですから」
「俺の意思を無視して身体だけ手に入れて、それで満足なのか?」
「ええ、満足です」
嫌悪の顔でそう言う俺に、北見は満面の笑顔でうなずく。
「だって、こうでもしなくちゃ、辰巳様は絶対に僕に振り向いてくれなかったじゃないですか。学校を卒業して、そのまま旧友の一人として離ればなれになるくらいなら、例え憎まれてでも、あなたを手に入れたかったんです。あなたを得るためなら、悪魔に魂を売ることになろうと構いません」
「実際に、売り渡したようだが」
「北斗様は、僕の欲しいものを与えて下さいましたから」
微塵も恥じた様子のない北見に、俺はずっと尋ねたかったことを聞く。
「…俺との友情なんて、お前にとってはどうでもいいものだったのか?」
「ふふ、いやですね、辰巳様。僕のことを友人だなんて。あなたはそんなこと、微塵も思っていなかったでしょう。あなたにとって僕は友人ですらない、ただの親衛隊員。僕も隣のでくのぼうも、親衛隊を抜ければそれきり忘れてしまえる程度の存在じゃないですか」
「そんなことは…」
「あなたにとって本当の意味で友人と呼べたのは、南隊長ただ一人でしょう? だから僕も、辰巳様に対して友情なんて、そんな恐れ多いものは抱いていません」
朗らかな笑顔で真正面から友情を否定され、胸が鈍く疼く。
だが、北見の言葉を否定しきれない自分がいることに、今更になって気付いた。
俺は口先では彼等を友人と扱っておきながら、自分に対して恋愛感情じみた欲を抱く彼等を、心の奥では倦んでいたのだ。
それを、北見達は感じ取っていたのだろうか。だから、北斗に膝を折ったのだろうか。
そんな俺の思いを見透かしたかのように、北見が俺に問いかけた。
「ねえ、辰巳様。北斗様があなたの親衛隊員の中から、僕達四人を駒として選ばれたのは、どういった理由からだと思いますか?」
「…あいつの思惑なんか、想像もしたくない」
「北斗様の選考された基準は、何に代えても辰巳様が欲しいという気持ちの強さです。あなたの身体を褒賞にすれば、絶対に裏切らないと確信できるだけの欲望をもった者を、北斗様は選ばれたんですよ」
「…趣味が、悪い」
「ふふ。それだけ僕達は、あなたを愛しているんです。だから辰巳様、北斗様にお会いする前に、一つだけ逃げ道を差し上げます」
「逃げ道…?」
「あなたの身体を、僕達にください。そうすれば僕達は、北斗様にたてつくことになろうとも、あなたに従いましょう。力及ぶ限り、あなたをお守りします」
「っ…」
それは、甘い誘惑だ。
このまま北斗に抗い続ける限り、彼等には抱かれ続けるのだ。
どうせ同じように身体を弄ばれるのならば、彼等の忠誠だけでも得ておいた方が、まだしもましだ。
だが。
「…できない」
俺には、できない。
他者の力に屈して、自分の意志を曲げることは、誇りにかけてしたくないのだ。
「それでこそ辰巳様。あなたのその、愚かなほどの真っ直ぐさを僕は、僕達は愛しているんです」
目を輝かせ、心酔したように北見が言う。
「俺を試したのか?」
「いいえ、本気です。あなたさえ望めばいつでも、僕達はあなたに従います。覚えておいてくださいね、辰巳様。さあ、着きましたよ。北斗様がお待ちです」
案内された先は、生徒会室。
かつての俺の、城だった。