『お前、新代の挨拶した辰巳だよな』

 入学式が終わり、クラスに戻って自分の席に着いた俺に、隣に座っていた男子生徒が、朗らかな笑みを浮かべて話しかけてきた。

『俺、南高彬。これから一年、よろしくな』
『辰巳誠だ。こちらこそよろしく』
『それにしてもすげぇな、主席なんて。うちの学校、かなりレベル高いのに』
『勉強は好きなんだ。それくらいしか、取柄もないし』
『それくらいしかって…そのルックスで頭が良ければ、もう敵無しだと思うんだけど』
『そんなことはないさ、俺なんてまだまだだ』
『お前、外部生だよな? 俺は中等部からの持ちあがりだけど、向こうじゃ見なかったし』
『ああ。高等部から秋津に入ったんだ』
『どうしてわざわざこの学園に来たんだ? 全寮制の男子校とか、健全な男子校生にとっちゃ、監獄みたいなものだろ』
『…言ってもいいけど…笑わないか?』
『聞かされる前から約束はできないな』
『…じゃあ言わない』
『ウソウソ、笑わないって。約束するから』

 明るいその笑顔にほだされてか、俺は初対面のこの男に、誰にも話したことのない夢を聞かせていた。

『俺は…この国を、よりよいものにしたいんだ。誰もが笑って暮らせるような、そんな国に。そのために、俺はこの学園に来た』
『えーと…もしかして、将来は政治家にでもなりたいのか?』
『ゆくゆくは、国策に関わる仕事に就きたいと思ってる。この学園には、日本の有力者と言われる人物の子弟が多く通っているだろう。今から親交を深められれば、この先有利になるかと思ったんだ。もちろん、秋津学院は教育プログラムも素晴らしいし、設備も充実しているし、学び屋としても一流だっていうことが大きいんだけど…』
『へぇー…』
『…呆れたか? 身の程知らずな上、打算的な奴だって』
 おずおずと尋ねる俺に、南は首を横に振った。
『いや。若いうちからしっかり考えてるなって、感心してるんだよ。お前なら、出来るかもしれないな』
『…本当に、そう思うか?』
『意志あるところに道は通ずって言うだろ? 諦めない限り、夢は叶うものだ。俺はお前を応援するぜ』
『ありがとう…』

 差し出された手を、ぎゅっと握りしめる。
 その時から、俺と南は親友になったのだ。





『俺の、親衛隊を作る…?』

 しばらくして、学園生活にも慣れた頃。
 唐突に切り出された南の提案に、俺は目を丸くした。

『そう。遅かれ早かれ、出来るだろうからさ』
『でも、俺は一般生だぞ?』
『無自覚だな。お前のそのルックスと才覚は、十分『一般』離れしてるんだよ。親衛隊が結成されるには十分以上だ』
『だけど…』
『どうした?』
『…俺は、親衛隊の制度をあまり気に入ってないんだ。人間は徒党を組むと、気が大きくなって暴走しやすいだろう』

 入学して半年も経っていないというのに、幾度も目にした親衛隊の制裁に、俺は落胆とも軽蔑ともつかない感情を覚えていた。これが、将来の日本を背負う、エリート達がとる行動なのかと。
 あんな行動をとるような集団に、南が加担するなんて。

『だからこそ、だ。頭が知り合いの方が、御しやすいだろ?』
『それは…そうかもしれないが…』
『深く考え込むなよ、みんなやってることなんだ。下卑た風に言うと、将来に備えたコネ作りって奴だな』
『…お前に、負担をかけることになる』
『気にするなよ、それくらい。ダチだろ?俺達』
『南…分かった、頼む』
『よかった。では、これからよろしくお願いしますね、辰巳『様』』
『み、南!』

 急にしもべのような態度になった南に、俺は慌てた。

『何だよ、様とか! 敬語も!! 止めろよ、そんなの!』
『俺はあなたの親衛隊の隊長ですから。あまり気安い態度をとるわけにはいきません』
『嫌だ、そんなの! 隊長である前に、俺はお前の友達だろう!』
『二人の時には戻しますから』
『…絶対だぞ。お前にそんな言葉遣いされたら、落ち着かない』
『ええ。あなたの友人としての俺は、変わりませんから』

 そう言って、南は普段と変わらない笑みを、浮かべていたのに。






 学園に来て二年目の夏が過ぎ、秋津学園での生活を半分終えて。

『生徒会役員に…?』

 俺がその決意を告げれば、南は驚いたようだった。

『ああ。俺は生徒会長になって、この学園を変えたいんだ』
『学園を、変える…?』
『学内に蔓延った悪習を一掃して、誰もが委縮することも、権力者にへつらうこともせず、健全に勉学と部活動に励める、そんな場所に、俺は変えたい…!』

 きらびやかな学園生活の影で行われている、目を覆いたくなるような所業の数々。
 それを見過ごし、自分の夢だけを追い求めることはできないと思った。
 この国をよくしたいと思うなら、まずはこの学園からよくしていかなければ。
 俺の熱意に押されたのか、南は僅かに目を伏せる。

『…生徒会長になるためには、ランキングで最上位をとる必要があります』
『ああ…問題はそこだ。役員選挙が行われないということは、選挙活動も出来ないからな。ランキング投票で上位に食い込むには、どうすればいいか…』
『可能でしょう。他の親衛隊持ちに比べれば、我々隊員の数はさほどではありませんが、いわゆる『無党派』の支持では、あなたがずば抜けています。浮動票を得られれば、1位になるのは難しいことではない。我々が動きましょう』
『やってくれるか』
『お命じください。あなたの野望のため、手足となって働けと。我々は喜んで動きましょう』

 南が同意してくれたことにほっとして、同時にとても頼もしく感じる。
 南がいてくれるなら、俺はどこまでも突き進める。改めて、そう思った。

『俺はこの学園を、もっとよりよい場所にしたい…!!』
『…ええ。あなたならきっとできます、辰巳様』
『ついてきてくれるか?』
『あなたが望むのならば、どこまでも』

 そう、約束したのに。





「…嘘吐き」
 南の腕に抱かれる俺の目から、涙が零れた。


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