「…こんなことになってしまい、本当に残念です、辰巳様。俺は、あなたを見ているのが好きだった。何の力も持たない身で、それでも毅然と反逆の旗を振るあなたの姿は、美しかった」

 北見が俺の上から静かに離れ、屈みこんだ南が俺の頬を撫でる。

「…みな、み…」

 我慢していた思いが溢れ、涙となって零れ落ち、頬に置かれた南の手を濡らす。

「…親友だと、思ってたのに…」

 責める俺の言葉に、南が苦しげに顔をしかめる。
 この学園に入学し、右も左も分からなかった俺に話しかけてくれたのが、隣の席に座っていた南だった。
 初めての友人になってくれた南は、俺を守る盾として、親衛隊の隊長という立場に就いた。
 立ち位置の名前は変わってしまったが、俺達の関係は変わらないと、そう信じていたのに。

「俺は、それじゃ我慢できなくなっちまったんだよ…辰巳」

 親衛隊の隊長ではない、親友としての南が僅かに姿を見せ、俺は余計に苦しくなる。

「いやだ…お前だけは、絶対に嫌だ…!!」

 力の入らない身体で、それでも南の手から逃れようと、俺は必死に身をよじる。
 誰に裏切られるより、南に裏切られることが一番怖い。
 南にだけは、俺を否定されたくなかった。ずっとそばにいてくれた、彼にだけは。

「ハハ、随分嫌われたもんだな、隊長さん」

 笑う葛西の声が、遠くに聞こえる。

「…ごめんな。『友達』でいてやれなくて」

 どこまでも変わらない、穏やかで理知的な声で囁き、南は俺の唇に口付けた。
 そうして、どろどろに蕩け切り、抗う力もなくしたそこに、南の熱が突き入った。

「あああっ…!」

 終わってしまったのだ、本当に。
 俺は、全てを失った。






「随分、楽しそうだな」

 全てを打ち砕かれ、打ちひしがれる俺の前に、そいつは現れた。

「どうだ? 元会長さん。自分の信者共に嬲られる気持ちは」
「貴様…!」

 件の編入生…北斗七緒が嘲弄の笑みを浮かべ、俺の無様な姿を見おろしている。

「助けて欲しいか?」
「っ…!」

 北斗にだけは、助けなど求めたくない。

「俺のものになれよ。そうすりゃ、制裁からも守ってやるぜ」
「ふざけるな…! お前が命じてこうさせたんだろう!!」
「そうだな。あんたのプライドを砕くために、俺がやらせた。あんたが素直に俺に従えば、こんな回りくどいことする必要もなかったのにな」
「…俺はお前に会長の座を追われた。今はただの、無力な人間だ。それ以上、何を求める! お前はもう充分なものを手に入れたろう!!」
「それじゃあ足りねえんだよ、権威って奴がな。俺はどさくさ紛れで会長になりあがったようなもんだ。だからな、ちゃんと信任を得て就任した前会長をペットにして見せれば、名実ともにこの学園のトップに立ったって証になるだろ?」
「そんな、ことのために…! 俺の、全てをぶち壊したのか!!」
「まだ、全部じゃないだろ? あんたのプライドはまだ、折れちゃいない。あんたの目には、俺への敵意が残ったままだ」
「当たり前だ!! 貴様の思惑になんか、死んでも乗るか!」

 身体に残る精一杯の力を込めて、俺は北斗を睨みつけた。

「ふ…じゃあ、仕方がねえな。あんたが折れるまで、毎日。あんたを責め苛んでやる」
「…北斗様。辰巳様への制裁は、私達だけで行わせてください」
「ああ。約束通り、お前達が俺に従う限りは、それを許してやる」

 親しげ、というわけではけしてないが、見知った者同士の、どこか気安げな口調で会話する北斗と南の姿に、ある疑念が膨れ上がる。

「お前達…まさか、北斗と?」
「ええ…そういう契約です、辰巳様。あなたへの制裁を他の者等に任せずに、親衛隊員であった俺達だけで行うと、そういう契約を結びました…俺達の、北斗様への服従を条件に」
「そん、な…」

「そういうわけだ、辰巳さん。あんたはこれで本当に、孤立無援になった。頼れる者は、誰もいないぜ…俺、一人を除いてな」

 冷笑を浮かべる北斗に、俺は叫んだ。

「…俺は、絶対に…屈服したりしない!!」

 負けない。絶対に、負けるものか。
 人の気持ちを弄び、人を駒としてしか見れないようなこの男に、負けてなるものか!

「上等だ。無駄に高い矜持を、ボロッボロに打ち砕いてやれ」
「…仰せのままに」

 南の手が、俺の身体へと伸ばされる。
 俺は絶望に負けてしまわないよう、固く目を閉じた。



【End】

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