「お固いことだな、委員長様は。他人にも、自分にも」

 忍び笑いと共に、張りのある小麦色の肌に包まれた美しい肢体が揺れる。
 心の奥底に無理やりに押し込めた衝動を誘うかのような仕草から、俺は逃げるように目を逸らし、床に落ちていた制服のズボンを拾い上げ、望月の手へと押し付ける。

「…いい加減、服を着ろ」
「俺様の裸は目に毒か? それほど気になるなら、お前が服を着せればいい」
「俺はお前の召使じゃねえんだよ。テメェの身だしなみくらい、テメェで整えろ」
「じゃあ着ねえ」
「お前…っ!」

 ふいっと顔を逸らす男に苛立ちを抑えきれず、感情のまま声を荒らげた。

「そうやって、誰彼構わず隙を見せるな! 馬鹿どもの食い物にされたくなけりゃ、少しは抵抗しろ!」
「抵抗? お前ともあろう男が、何を世迷言を。なあ、朝霞…俺は一般出の外部生だぞ。この学園で束の間の春を謳歌する、いいとこの若様方に逆らってみろ、あっという間に実家ごとぶっ潰されちまうだろ」
「前まではそうだったかもしれんがな……今のお前は、紛いなりにもこの学園の生徒会長なんだ。食い物にされねえだけのちからは手に入れたはずだろう」

 時間というものは、人の思惑などには頓着もせず、ただただ無為に過ぎ去るものだ。
 時が流れると共に、初めは細く頼りなかった肉体も伸びやかに成長し、しなやかな筋肉が付き。繊細で甘やかなだけだった風貌には、凛々しさと、威厳と形容して差し支えない風格が備わった。
 かつては折れそうなほど儚かった望月の体躯は、今や俺に遜色を取らぬまでに成長した。優れた容色の生徒が数多そろう学園の内でも、際立って目を引くほどに。

 そうなってしまえば、もともとがその才覚を見込まれ、奨学生としてこの学園に入学した望月である。恵まれた肉体と秀でた知性を活かし、多彩な分野で頭角を現しては、学内の支持を一身に集め、学園の生徒会長の地位に登り詰めるに至るまでに、そう長きを要することはなかった。

 食物連鎖の底辺に位置する獲物としての立場から、連鎖の頂点に立つ支配者へ。
 望月は、見事その立ち位置を転身することに成功したのだ。

 そして、望月が、強引に食い物にされようとすることはなくなった。
 …そうして、俺の電話が鳴ることもなくなった。

 それは、確かに喜ばしいことであったはずなのに。
 望月の身が危険に晒されることも、俺がその対策に駆けずり回ることもなくなって、余計な気苦労はなくなったというのに。
 それにも拘らず、俺の胸は空虚な思いに駆られていた。

 望月との関わりがなくなることへの、寂寥感。
 急に増え始めた彼の取り巻きに対する、嫉妬心。
 乱れた姿を見られなくなったことへの、飢餓感を。

 俺はそれらの感情を、安堵するよりも遥かに強く、覚えていた。
 望月が他の人間にその身を脅かされることなく、俺も自らの手を煩わせることもなく。
 この状態こそが、最も望ましい姿であるはずだ…
 そう、己に言い聞かせて納得させていたのに。

 …それなのに。


 ひと月前、望月が生徒会長に就任して、しばらく経った頃から。
 再び、俺の電話が鳴らされるようになった。

 喰らってくれと、誘惑するかのような姿を俺の眼前に晒して。
 その身に触れる人間を、引き裂いてやりたくなるほどの妬みと、羨望を煽り。
 それはまるで、俺の忍耐を試そうとするかの如く。

「ちから、か。そうだな、生徒会長なんてお飾りの地位に、本当に権力なんてものが伴うものならな」
「…お前は、大多数の生徒達からの推薦を…支持を得てその地位に就いたんだ。リーダーとしてのお前の資質を疑う人間はいないだろう」

 妙に薄っぺらく響く俺の言葉に、自嘲めいた笑いが返される。

「なら、どうして俺は未だに、奴等に餌食として見られ続けているんだ? 本当に俺がそんな御大層な人間なら、あんな薄汚れた情欲を向けられるはずがないだろう」
「それは、お前が…誘うような真似をするからだろう…」
「誘う、ね……なあ、この身体のどこに、奴等は欲情するんだろうな? 昔みたいに、細っこくもひ弱くもない。ごつくて逞しい、男の身体だ。そんなものの何に魅惑される? こんな身体の持ち主に誘われたところで、お前はふらついたりしないだろう…朝霞?」

 気だるげに腰掛けてたデスクから立ち上がり、望月は半裸の身体を見せつけるように、腕を広げて見せる。
 惜しげもなく晒された、魅惑的な肢体…差し出された極上の餌に、己の喉がごくりと唾を飲み込んだ音が、いやに大きく耳に届いた。

 …このまま、目の前の身体を貪ってしまいたい。

 湧き上がった衝動をひた隠すべく、俺は大声を張り上げる。

「…い、い加減にしろ! 人の忍耐を試すような、舐めた真似をするな!!」
「舐めた真似…?」

 首を傾げる望月の姿に、怒りが湧き上がる。

「ああ、そうだ! ふざけやがって! 何度も何度も男を近付けて、そのたびに俺を呼び付けて…一体お前は何がしたい! 何のためにこんなことを繰り返す! 何を考えているんだよ!!」
「…初めに言っただろう、朝霞。俺は、お前のことしか考えていない」

 羚羊のような黒い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめ返す。
 望月の言葉に、眼差しに、落ち着き払った態度に、抑えていた苛立ちが掻き立てられる。はだけたシャツの襟首を引っ掴み、俺は望月に思いの丈を吐き捨てた。

「ああ、そうかよ…お前は俺の滑稽な姿を見たいがために、こんな茶番を繰り返してた、ってわけかよ…! さぞかし面白い余興だっただろうな…大の男が必死になって、てめぇのために駆けずり回る姿を目にするのは!!」
「朝霞」

 叩きつけるような激しい口調に、朝霞の目が見開かれる。だが、俺の言葉は止まらない。もう、止められないのだ。

「けどな、こちとらもういい加減うんざりなんだよ!! てめえのその暇つぶしに付き合うのは!!」
「朝霞、俺は…」
「…いつも、俺が間に合うとは、限らねえだろうが…っ!」

 己の口から飛び出したその言葉に、俺は自分自身を嘲笑いたくなるほどの自己嫌悪に駆られた。
 望月が男に組み敷かれる姿を見るたび、背筋が凍りつくような恐怖に、はらわたが煮えくりかえるような怒りに、この身を焼き尽くしそうなほどの欲望に掻き立てられる。
 このままではいつか、俺自身が望月を喰らい尽くしてしまう。ずっと、一番守りたかったはずのものを、ずたずたに引き裂いて、傷付けてしまう。望月からひたむきに向けられ続けてきた信頼を、きっと裏切ってしまう。何てことだろう、彼にとって一番危険な人間は、俺自身ではないか。
 …俺はもう、自分自身を信じきれない。

 だから、もう、あんな姿を見せつけないでくれ。でなければ俺は、きっと全てを壊してしまう。

「…だったら、傍にいなくても守れるようにしてくれ」

 想いを吐露して、微動だにできないままの俺の肩に、望月が額を押し付ける。胸倉を掴む手に己の手を重ね、震える声で呟いた。

「…まだるっこしい電話なんぞに頼らなくて済むように、お前がしてくれ…」
「何を、言って…」

 望月の声が、僅かに湿り気を帯びている。様子が、おかしい…?


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