PILILILILI…!!


 気心の知れたもの同士が作り出す心地よい喧騒を、俺の携帯が発する、警報にも似たベル音が切り裂いた。

 『彼』専用に設定された着信音が、ごった返す放課後の風紀委員室を、シンと静まり返らせる。
 先ほどまでの賑わいが嘘のような沈黙に居心地悪さを覚えながら、ポケットから携帯を取りだす。そのディスプレイに映る名は、まがうことなく『彼』のものだ。
 この学園の生徒会長である望月篤也、その人の。

 けたたましく叫び続ける呼び出しを断ち切るため、ディスプレイが軋みそうな勢いで通話ボタンを押す。

『視聴覚室』

 それだけを言って、通話は途切れた。

「くそっ!」

 思わずそう履き捨て立ち上がる俺の背に、副委員長の呆れ気味の声がかかる。

「また、『彼』からのエマージェンシーコールですか?」
「ああ。行ってくる」
「これで一体、何度目ですか? いっそ一度、突き放してみては? これ以上、面倒を見られないとでも言って。そうすれば『彼』も、少しは言動を改めるのでは…?」
「…それができれば、苦労はしない」

 苛立ちをぶつけるように音を立てて扉を閉め、俺は速足で部屋を出た。





「止めろ…」
「口ではそう言っていても、身体は素直なものですよ。あなたのここは、俺に嬲られ気持ちがいいと言っているようですが?」

 奇異の目を一身に受けつつ全力で廊下を駆け抜け、たどり着いた視聴覚教室の前。
 僅かに開いた扉の隙間から漏れ聞こえる会話に、俺は顔をしかめた。

「…一つ、教えておいてやる。俺が逆らおうとしなかったのは、お前の愛撫に蕩けていたせいじゃない。抵抗するよりもっと、簡単で確実な方法があるからだ」
「え…?」

 『彼』にそう言われ、面喰った男の声。俺はその気に室内へと踏み込んだ。

「男性間の行為に強姦罪は適応されないが、暴行罪は立派に成立するんだぜ」

 扉を蹴り開け、『彼』に覆い被さる男に向け、俺はそう教えてやる。

「風紀委員長…っ!」
「2−Dの日野だな。暴行未遂で補導する」

 半裸の『彼』を机に押しつけたまま硬直する男の首根っこを掴んで引き離し、真っ青なその顔を睨みつける。

「そんな…っ…」
「現行犯だ、言い逃れはさせねえぜ」
「俺が悪いんじゃない…っ、あの人が誘ったんだ…! あんな格好をして、あんな目で見て、あんな声で俺を呼んで…! 俺は、望月様に唆されただけだ!!」
「この性悪に誑かされたテメエが馬鹿なんだ。風紀の世話になりたくなけりゃ、今度からは、駆け引きと拒絶とを見極められるようになるこったな」

 がっくりと肩を落とす男を風紀室へ向かわせて、俺は盛大な溜息を落とした。

「望月、お前は…」
「遅いぞ、朝霞」
「多忙な身の委員長様をあんな電話一つで呼び出しておいて、お前は何様だ…」

 悪びれない態度の『彼』に一言言ってやろうと近付いたその時、綺麗に筋肉の付いたその腹の上に滴る白い液体に気付き、俺は顔を強張らせた。

「それは…!」
「指を突っ込まれていかされただけだ。あいつのものは入れられてない。寸でのところで、風紀委員長様が駆けつけてくれたおかげでな」
「お前は…馬鹿か?!」

 大事を何でもないことのようにのたまう望月の姿に、積り積った苛立ちが爆発し、俺は思わず叫んでいた。

「馬鹿とは何だ、失敬な野郎だな。俺様は学年主席だぞ」
「何度も何度も似たような事件を繰り返しやがって! どうせ今度もまた、あいつを煽るような真似をしたんだろうが!」
「暑いから、服をはだけて扇いでいただけだ。ボタンを二つ外して、何気なく目線を向けた先にあいつがいただけで…俺は何もしていない。向こうが勝手に勘違いしたんだ」
「前回は風呂上がり、バスローブ一丁でマッサージをさせたんだったな。その前は、プールサイドで二人っきりになって…」
「全く、参ったもんだぜ。どいつもこいつも俺様の美貌に血迷いやがって」
「お前は…あいつらが自分によろめく様を見て面白がってんだろうが! この前なんぞ、三人に押さえつけられていただろう!」
「ああ、あれにはさすがの俺様も焦ったぜ。初めてが輪姦なんて、いくら何でもハードすぎる」
「だったら、いい加減、危機感ってものを持て! いつか本当に、取り返しのつかねえことになるぞ!!」
「だったら、お前が四六時中、俺を見張ってればいいだろ」

 激昂する俺とは対照的に、平静を保ったまま、望月がそう返す。

「どうして、俺が…」
「お前は、俺のために風紀委員になったんだろう?」

 落ちついた声、冷静な態度、全てを見透かすような澄んだ眼差し。

「は! 思い上ってんじゃねえよ。勝手に祭り上げられただけだ」

 その目に、心の奥底に封じ込めたまま、ぐるぐるとわだかまっている、薄汚い感情を見抜かれる。
 そんな恐怖を覚え、どこまでも揺るがないその眼差しから、俺は目を逸らした。



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