きっかけは、ほんの些細なことだった。

「ああん…っ、勇士さまぁ…」

 俺の腕の中で、白い肌を桃色に染め、蕩け切った声で喘ぐ相手の姿を見て、ふと思ってしまったのだ。

 気持ちよさそうだな、と。

 もしかしたら、俺を思うあまり過剰な反応をしているのでは…つまり、演技なのかもしれないとも考えたのだが、艶めいたテナーで喘ぐ――そう、テナーだ、アルトでもソプラノでもない――相手は、華奢な体格をしているとはいえ、れっきとした男性だ。変化が目に見えにくい女の身体とは違い、男の身体は正直で、快感を得ていないのにそう見せかけることはできない。
 つまり、彼は本当に、腹の底から気持ちがいいと思っているのだ。

「…前立腺って、そんなにイイのか…?」

 ことが済み、相手を送り出した後、俺はベッドの上で胡坐をかいて考え込んだ。
 する側とされる側…一体どちらの方が気持ちいいのだろう。




 思い起こせば幼い頃から、俺は好色なガキであった。
 ことの起こりは小学四年生、父親の書斎の本棚の奥で、怪しげなグラビアを見つけたことに遡る。
 綺麗なお姉さんのあられもない姿に、若干十歳にして精通を経験した俺は、その後も父親の秘蔵コレクションをこっそりと漁り続けては年齢にそぐわぬ知識を身につけ、小六の時ついに、家庭教師の女子大生と初体験を済ませるに至った。経験豊富な年上のお姉さんの肉体と技術に夢中になった挙句に、妊娠騒動を引き起こして――結局妊娠は間違いであったのだが――それに激怒した両親に、俺は全寮制の男子校へと放りこまれた。

 だがしかし、女さえいなければ俺の好色も改心するだろうという両親の認識は、甘かったと言わざるを得ない。見目も家柄も群を抜いて際立っていた俺は、入学早々に男子校の洗礼を受け、第二の童貞をも喪失し、女の肉体でなくとも十二分に快感は得られるということを知ってしまったのだ。
 以来、どっぷりとこちらの世界に浸りこみ、めくるめく快楽生活を満喫しているというわけである。まあ、好色は治らなかったが、少なくとも男の身体ではまかり間違っても妊娠という事態には発展しない。その点、まだ両親を嘆かせることもない。そうではないか?

 短い人生、気持ちの良いことは少ないよりは多い方がいい。せっかく人間という恵まれた器に生まれたのだ、この世の快楽という快楽を享受し尽くさねば、生きる甲斐がないではないか。
 そんなわけで、自分の欲求に正直に生きる俺は、童貞喪失、男性相手の喪失に続く、第三の快感の存在に、頭を悩ませているのである。




「終わりましたかー? 終わりましたよねー? もう俺が帰ってきたって大丈夫ですよねー?」

 私室の扉越しに、そんなオドオドとした声がかかる。真っ最中に居合わせるのはいたたまれないと部屋を出ていった、同室の生徒が帰ってきたようだ。

「おい、ヒラ。ちょっとこっちに来い」
「ああもう、その呼び方止めてくださいよぉ! 普通に平野って言ってくれたって良いでしょう?! てゆうか、服着てくださいよ服!」

 際立った見どころのない平凡な顔をのぞかせるなり、文句を並び立てる。この冴えないどこにでもいそうな普通の生徒が、俺の同室者である平野だ。
 俺は文句を無視してヒラに問いかける。

「お前、掘られたことあるか?」
「はー?!唐突に何言ってくれちゃってるんですか!! あ、あるわけないでしょー?! 俺みたいなの相手に、その気になる奴なんていませんよ!」

 この男子校では同性間の行為はさして珍しいことではないのだが、ヒラは顔から血の気を引かせ、真っ青になって否定する。
 経験があるなら感想を聞いてみたかったのだが、ないのであれば仕方がない。

「そうか。ならちょっと、掘られてみないか?」

 今から体験させてやればいい、そうではないか?

「あの…そんなことしたがる奇特な奴は、この学園にはいないかと……いないと言って!!」
「安心しろ、俺が相手になってやる」
「…高殿さん、可愛い子ばっかり食べ過ぎて食傷気味なんすか? 俺みたいなゲテモノ食べると腹壊しますよ」

 頬を引き攣らせる平野に、俺は自信たっぷりに笑いかける。

「大丈夫だ、俺のストライクゾーンは大海原のように広い。気持ち良ければ見目になど拘らん。だからお前なんぞ、余裕でイけるぞ、ヒラ」
「冗談にしても笑えねー! 俺をどうこうするって、あんた一体どうしてそんな突き抜けた思考にぶち当たったんですか?!」
「さっき、行為中に喘ぐ相手の姿を見ていたら、ペニスを使った快感と、前立腺を使う快感、どちらが気持ちいいのかと、ふと疑問を覚えてな。どうしても答えが気になって。だが、俺は掘られたことがない。悩んでいるところに、お前が来たから」
「手っ取り早く俺に聞こうってワケすか…経験がなければ経験させようってワケすか。無茶にもほどがあるって話でしょ。大体ねぇ、俺、童貞ですから…バック喪失してとしても、どっちがいいかなんて比較できるわけないじゃないですか。それに、そんなに気になるなら、他人の体験談を聞くより、ご自分で試されればいいでしょ。伝聞より実体験の方がよっぽど分かりやすいじゃないすか」
「そうか…それもそうだな」

 素直に肯けば、ヒラが慌てふためきうろたえる。

「ええっ?! 冗談ですからね?冗談ですからねー?! あんたを唆しておかしな輩の餌食にしたなんて知れたら、あんたの親衛隊に抹殺される…!」
「ヒラ、こっちに来て横になれ」
「しかも俺ぇぇえええ?!」
「お前も脱童貞、俺も脱処女でめでたいこと尽くしじゃないか。何を躊躇うことがある」

 思わず逃げ腰になったヒラの腕をがっちりと掴み、抵抗する奴を力尽くでベッドの方に持ってゆく。

「いやいやいや、色んなことがありえねー! 初めてがそんな好奇心で奪われるとか、それもごっつい男だとか、しかも相手があんただとか、ありえねーほどありえねー!! 大体、初めて同士で上手くいきっこないですって!!」
「安心しろ、俺はこの道のプロだ。手取り足とり腰取り、レクチャーしてやろう」
「いやぁああああ!!」

 泣きわめく平野をベッドへと押し倒し、その薄い腹の上に馬乗りになる。

「さあ、いざ新世界への扉を開こう」
「開きたくねェええええ!!」

 ヒラの悲鳴を汽笛に、俺は新たなる快感を求めて未開の地へと繰り出した。


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