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「ちょっと、日向! この書類、期限が今日までじゃないですか! 今まで一体何をしていたんです!!」

 そして今日も生徒会室に、和泉の怒声が響き渡る。

 弓型の眉がきりりとつりあがり、いつもは穏やかな目は険しく眇められ。頬を僅かに紅潮させて俺を睨む和泉の姿は、溜息が出るほどに美しい。
 久々に俺を叱咤する和泉を目にすることができて、叱られているにも関わらず、俺の心は浮き立った。もう二度とこの声が聞けなくなるかと絶望に打ちひしがれた日々を思えば、感慨もまたひとしおだ。

「んなかったるいモン、いちいち目ぇ通してられっか。お前が適当にハンコ押しとけよ」
「駄目です! 引き受けた以上、仕事はきちんとやり遂げなさい!」

 和泉がやれというならば、例え世界征服であろうと俺はやってのけるだろう。
 だが、俺はもっと和泉に叱られたいのだ、しばらくぶりのこの状況に浸っていたい。ゆえに、あえて反抗的な態度をとってみせることにする。

「ちっ、るっせーなぁ。どーしてもっつーなら、お前がキスしてくれたら見てやるよ」
「このおバカ! 何と言われようとも公私混同はしませんよ! 生徒会役員としてのけじめです!」
「ちょっとくらい融通利かせろよ。規則やらけじめやらって、頭固ぇんだよ。頑固じじぃめ」
「な…っ! だ、誰がじじぃですか!」
「品行方正な優等生の和泉君。どうせ硬くするなら頭ん中じゃなくてアソコにしてくれよ。そしたら俺が、念入りに可愛がってやるからさ」
「ひっ…日向ぁーっ!! こんなところで何を言うんですかー!!」

 下らない口論を繰り広げる俺達を、役員等が呆れ混じりに眺めている。

「結局、いつも通りの痴話喧嘩だったわけだな」
「学園中をひっかき回してくれちゃってぇ、いい迷惑だよねえ」
「夫婦喧嘩なんてぇ、犬も食わないよねえ」
「でもやっぱりー、生徒会室はこうじゃなきゃねー」
「ああ。日向を叱る和泉の声が響いてこそ、だな」

 苦笑を浮かべあった後、長門が俺達の方へ顔を向ける。

「副会長、キスでも何でもしていいよー。俺たちあっち向いてるからー」
「で、ですが…甘い顔を見せたら日向が付け上がって、周囲に示しもつかなくなりますし…」
「いいよー、ここには俺達しかいないんだしー。この先もずーっとそのノリを続けられたらさすがに嫌だけどー、今くらいは許してあげるよー」
「日向も、和泉からの愛情を確認したいだけなんだろう。仲違いした時は、この世の終わりかというほど落ち込んでいたからな。キスの一つくらい構わないから、安心させてやれ」

 ナイスだ、長門に大隅。
 心の中で二人を褒め、俺は腕を広げて和泉に向き直る。

「許可も出たことだし、来い、和泉!」
「あなたって人は、本当に…」
「ああ、馬鹿なんだよ。お前に狂ってる…」

 台詞の先を引き取ってやると、溜息を一つ吐いた和泉が俺の首へと腕を回し、瞳を伏せながら顔を近づけてくる。
 目を閉じて口付けを待ち受ければ、唇に羽根が触れたような軽い感触が落とされ、和泉の気配が遠ざかる。物足りなさに、俺は目を開け不満を訴える。

「もうおしまいかよ?」
「こんなところで盛られても困りますしね。続きは、部屋に戻ってから」
「和泉…」

 婀娜っぽい微笑みに見惚れていると、因幡兄弟が唇を尖らせ騒ぎ出した。

「雨降って地固まるってヤツぅ?」
「つまんなぁーい! 会長がへこんでなきゃ面白くないよぉ!」
「お前ら…俺をなんだと思ってやがる」
「「「「下半身馬鹿」」」」

 双子を剣呑な目で見つめれば、四人声をそろえてそう返された。

 お、お前ら…仮にも上役たる生徒会長の俺に向かって…

「和泉ちゃーん、やっぱりこんなろくでなしは止めときなってぇ」
「いつまた浮気するかぁ、分かったものじゃないよぉ」
「大丈夫ですよ。これからは、浮気をしようという気も起らないほど、可愛がってあげることにしましたから」

 余計なことを言いだす双子に、和泉はにっこり微笑み、聞き捨てならない台詞をさらりとのたまった。

「「「へ…」」」

 和泉が落とした爆弾発言に、役員等は凍りついたかのように固まった。大隅までもが目を見張っている。

「い…和泉ちゃんが、黒いぃ…?!」
「いつもの、和泉ちゃんじゃないぃ…?!」
「あのー…もしかしてー、会長が…副会長に…?」
「ええ。以前からずっとそうでしたが」

「「「「ええええええ?!」」」」

 おずおずと問いかける長門に和泉が首肯すれば、生徒会室は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

「うっそおおおおん!! 副会長が会長をー?! えー?! 全然想像できないんですけどぉー! 何だか、すっごい倒錯的だよねー…」
「…日向…正直すまなかった。まさかそんなことになっていようとは…。だがまあ、考えてみれば破れ鍋に綴蓋で、案外いい組み合わせかもしれんな…」
「スクープスクープ、超スクープだよぉ!!」
「新聞部の部長に連絡しなきゃー!」
「生徒会長のネコ疑惑、確定〜!!」
「今すぐ号外刷らせなきゃねぇー!!」
「止めろぉおおお!!!」

 目を輝かせて携帯電話を取り出す双子に、俺は必死になって飛びかかった。
 これ以上、あることないこと書き立てられてたまるか!!

 …だがまあ、ここで双子を止めたところで、公衆の面前であんなことをしてしまった以上、俺と和泉の復縁の号外が出るのは時間の問題だろう。それに、双子はどんな手を使ってでも、新聞部に情報を流すだろうし…

 願わくば、穏便かつマイルドな表現に止められているように。
 …無理だろうな。あの伊勢だし。

 また針の筵のような状況に置かれることになるのかと思えば、今から暗澹たる気持ちになってくる。
 因幡兄弟達から携帯を取り上げ、盛大な溜息をついて顔を上げれば、和泉がにこやかにこちらを見つめている。

「和泉、お前も笑ってねえでこいつ等を止めろよ。学園新聞にすっぱ抜かれちまうだろうが」
「私としては、何を書かれようと構いませんから。むしろ、日向が私のものだという事実を広く知らしめることができる分、大歓迎ですね」
「い、和泉ぃ〜!」

 思わず泣き声を上げてしまったが、幸せそうな和泉の姿を見ているうちに、この俺様がネコだという事実が公になることくらい、何でもないことのように思われてきて、俺は和泉に苦笑を返していた。
 それで和泉を安心させられるのであれば、俺の名誉やプライドなど、地に落ちようと構うものか。
 愛しい奴の心さえあれば、人間、他に何が必要だというのだろう。それ一つで十二分に満ち足りるではないか。そうだろう?



 恋に目を眩ませ、和泉に盲目になってしまっている俺は、傍から見ればどうしようもない愚か者だろう。
 だが、俺は幸せだ。
 愚かなゆえにこの幸福な日々を手に入れられるのであれば、俺は生涯…愚者のままで構わない。




【End】

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