12

 翌朝。


「和泉…腰というか尻が痛すぎて死にそうなんだが」
「我慢なさい、男の子でしょう」
「や、歩いてるだけで涙出そうなんだが。ケツがピリピリジンジンする…」
「ちょうどいいじゃないですか。尻が痛ければ、浮気をしようという気にもなれないでしょう」

 そんな風に仲睦まじく会話を交わしながら登校する俺達の姿に、周囲の生徒達が目を丸くしている。
 昨日までの冷戦状態が、雪解けを通り越して一気に蜜月状態に急転したのだ、驚くのは無理もないだろう。

「…お前、実はサドじゃねえ?」
「今までは手加減してあげてたでしょう。あなたが次の日、辛そうにしてるから。慣れないことで身体に負担をかけないよう、気を使ってあげてたんです」

 …回数が少なかったり、頻度が少なかったのはそういうわけかよ。
 全部、俺を思ってのことだったとか…和泉、健気過ぎるぜ。
 でも、そうやって甘やされることに慣れた身体には、昨日の仕打ちはかなり応えたのは事実だ。

「そっからいきなり四回とか…お前、実は絶倫だったのか…」
「それだけ、あなたを愛しているということでしょう?」
「和泉…」

 微笑みと共に与えられた言葉に、俺は陶然となって和泉を見つめる。
 愛してるの一言…それだけで尻の痛みも忘れて舞い上がってしまえる自分が、我ながらおめでたい。
 柔らかく弧を描く唇に、自分の唇を重ねようと首を傾けた瞬間。ここ最近、めっきり聞き慣れてしまった低い声と同時に、首根っこを引っ掴まれた。

「おい、そこの馬鹿ップル。公衆の面前でいちゃついてんじゃねーぞ。朝っぱらから目の毒なんだよ。公然わいせつで取り締まってほしいのか?」
「ああん? 眼福の間違いだろ。つーか、むしろもっとよく見ろ、そして目に焼きつけろ。和泉が誰のものかってことを、その貧相な脳裏に刻み込ませろよ」

 和泉との愛のひと時を邪魔してくれた無粋な男に、俺は売り言葉に買い言葉で噛みつき返す。
 首に絡む腕もそのままに睨みつければ、加賀はその凶悪な面をシニカルに歪ませた。

「どうやら、上手いこと落ちついたみてえだな」
「ふっ…俺が本気を出せば、惚れた男一人の心を取り戻すくらい、わけねえんだよ」
「ま、とりあえずはよかったと言っておくか。もうこれ以上、下らない痴話喧嘩で風紀の手を煩わせてくれるなよ」
「ふん。俺達の愛は永遠だからな。風紀の世話になる必要なんか、これっぽっちもねえぜ!」
「個人的になら、いくらでも面倒かけてくれて構わねえんだぜ? そいつに振られたら、いつでも来いよ。手厚く歓迎してやる」
「お気遣い、どうも。でも、そんな日は一生来ませんから。日向は私にベタ惚れなのでね」

 加賀に肩を抱かれたままだった俺を、和泉がぐいと引っ張り返し、庇うように背後へと押しやる。

「そいつが愛は永遠なんぞと寝言をほざいてた割には、随分余裕がねえんだな、副会長さんよ」
「私は、自分のものに、穢れた手で触れられているのが我慢ならないだけです」
「はっ、言ってくれるなあ? いつものお上品な外面はどこへ忘れてきたんだ?」
「火事場泥棒よろしく、愁嘆場に付け込んで人の心を得ようとするような下劣な人間に、礼節を尽くす必要性は感じませんので」

 和泉と加賀の間で、見えない火花がバチバチと弾けている。
 和泉が…俺のために嫉妬してくれている…!
 それ自体は非常に嬉しいのだが、このままこの場で二人を口論させておくのはまずいだろう。野次馬達が集まりだしてきた。
 このままでは、謹厳実直、品行方正で通っている和泉の評判を落としてしまうことになりかねない。

「よお、お二人さん!! 昨日は仲良くお楽しみだったみたいで何よりだな!」

 幸せをかみしめつつも、どう仲裁したものか悩んでいたところに、今頃登校してきた、空気の読めない平凡こと、若狭大悟が声をかけてきた。
 校庭に響き渡るような大声に、周囲の生徒達の間のざわめきがひときわ大きくなる。

「お二人、復縁なさったんだ!!」
「良かったですね、会長様!」
「ちっ…結局こうなるのかよ…」
「イケメンは滅びろ!」
「和泉…何であのヤリチンがいいんだ…」

 一気に注目が集まり、俺は慌てて若狭を制止しようと怒鳴りつける。

「ばっ、へい…若狭! でけえ声で触れまわってんじゃねーよ! 和泉はシャイなんだ! 後で俺が怒られるだろうが!!」
「おっ、ようやく俺の名前呼んでくれる気になったんだ?会長さん」
「今はそれどころじゃ…」
「いえ。いい機会ですから言っておきましょうか。日向、こちらにおいでなさい」

 据わった目で呼び寄せられ、俺はびくりと肩を震わせ、蒼白な顔で和泉へと向き直った。

「和泉、悪いのは全部若狭であって、俺は…」

目を泳がせながらの俺の釈明は、途中で虚しく遮られた。

「ん」

 和泉の、唇によって。

「ん…っふ…。ん、う、うぅ…む…」

 驚いて開いた唇の隙間から、和泉の熱い舌が入りこみ、俺の舌を巻き込んで縦横無尽に暴れまわる。
 昨夜の情事を思い出させるような情熱的な口付けに、頭の芯からクラクラしてきて、ついでに身体の中心部分までほんのり熱くなってくる。
 校庭のド真ん中だということすら忘れさせるほどのキスに溺れそうになった瞬間、熱を呼び起こしていた舌が、俺の口内から出て行ってしまう。
 物足りなさに目を開けば、ほんのり雄の香りを漂わせた和泉の顔と、珍しく驚きを露わにした加賀の顔、にやにや笑いを浮かべた若狭の顔が、目に入った。
 チクショウ…ここが校庭でなければ。すぐにでも和泉を押し倒して、続きに雪崩れ込むのに!

 俺の口の端から垂れた唾液を、ちゅ…と舐めとった後、和泉が口を開く。

「これは、私のものです」

 通りのよい、澄みきった美しい声で、和泉は高らかに宣言する。

「今後、この馬鹿に誘われたとしても、けしてその誘惑に乗らないよう。万一、この命に逆らい、日向と関係を持った場合は……」

 意味ありげに言葉を切って、ぐるりと周囲を見渡す。

「…私を敵に回すものと、覚悟するように」

 冷徹で無慈悲な女王の宣告に、校庭は、しん…と静まりかえったのだった。


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