「和泉!」
勇んで生徒会室を飛び出たはいいが、思いのほか足の速かったらしい和泉の姿を俺は見失う。
校内をうろうろするも見つけられず、もしかして寮まで戻ったのかと足を延ばせば、足早に寮の廊下を進む姿を見つけ、ホッとしながら駆け寄って腕を掴む。
「待てよ、和泉!」
「放してください!!」
「嫌だね、絶対ぇ放さない」
ずんずん廊下を歩きながら、俺達は腕をとったり振り払われたりの攻防を繰り返す。すれ違う生徒達が何事かと目を丸くしているが、知ったことか。今優先すべきは和泉だけだ。
「人が見てます! 私のことは放っておいてください!!」
「そんな状態のお前を、一人になんてしておけるか!!」
「っ…! 誰のせいで、こんな…!」
激昂しかけた自分を落ちつかせるように大きく息を吐くと、部屋の鍵を開け、扉を開く。いつの間にか和泉の部屋の前まで来ていたようだ。
「…入ってください」
促され部屋に入れば、和泉は俺に背を向けたまま、固い声で告げてくる。
「…私がこんな風になったのは、あなたのせいです。ですから、その原因であるあなたの顔なんて、見ていたくないんです。頼みますから、私のことは放っておいてください。さっきは取り乱してしまいましたが、もう少し経てば、落ち着きますから。だから、もう…っ」
「…泣くなよ、なぁ」
震える身体を後ろから抱き締め、真っ赤な耳元に囁きかける。
「俺のせいで泣いてるのか?」
「…そう、です…」
「俺があいつとヤったと思って、悲しかったのか?」
「…ええ、そうです。嫉妬したんです」
抱き締める俺の腕に手を置き、和泉は項垂れた。
「私ばかりあなたを好きだなんて、苦しすぎる…!」
嗚咽の残る声で叫び、腕を握る手に力をこめる。
「…あなたは私がどれだけ言っても、他の人を相手にすることを止めなかった。気紛れに生徒達を選んで、飽きればすぐに捨ててしまう。あなたに弄ばれて泣いている彼等を見ているうちに、怖くて仕方がなくなったんです…いつ、私がそうなる番が来るんだろうって…」
「和泉…」
俺の浮気に呆れているだけだと思っていた。何の痛痒も感じていないような素振りの裏で、和泉がそんな風に思っていたなんて。
「…いつ捨てられるのかと脅えて暮らすくらいなら、こっちから切り捨ててしまえば、楽になれると思った…でも、違った。あなたの気紛れに脅えるより、あなたが他の誰かのものになる方が、何倍も苦しい…!」
一方的に和泉に捨てられたと落ち込んでいたが、俺の何倍も、和泉の方が傷付いていたのだ。
くそ、ちゃらんぽらんと浮気を繰り返してきた自分を呪ってやりたい。
「…本当は、どっちでもよかったんです。男役でも、女役でも」
俺の腕を撫でながら、和泉がぽつりと言う。
「あなたと快感を分かち合えるのなら、どんな行為だろうと構わなかった。けれど…あなたは随分遊んでいるから…抱かれてしまえば、今までの子たちと同じ扱いになるようで嫌だったんです。あなたの唯一の存在になりたかった」
和泉の交換条件には、俺の信用を測る他にもそんな理由があったのか。
思っていたよりずっと深く愛されていたという事実を知って、俺の顔はこんな時だというのに自然とほころんでゆく。
「何人の男を抱こうとも、あなたが受け入れるのは私だけ。それで何とか、自分の矜持を保っていたんです…でも、あなたは、私じゃなくても構わないんですね」
「やってねーよ」
真実を教えてやれば、和泉の身体が小さく揺れる。
「え…」
「告白めいたことは言われたけどな。お前に完全に振られたら、あいつのとこに来いって。だから、まだ抱かれてはいねーよ」
「そう…なんですか?」
「お前が俺を捨てるっつーなら、あいつに慰めてもらいに行くけど」
「駄目です!!」
俺の腕の中でくるりと身体の向きを変え、和泉が俺に縋りつく。
「駄目です…彼のところになんか、行かないで」
「そうするためには、どうしたらいいか分かるよな?和泉…」
和泉の頤に手をかけて仰向かせれば、恥じらうように目を伏せる。
初々しくも愛らしい恋人の姿を堪能する間も惜しんで、俺は噛みつくような勢いで和泉の唇に喰らいついた。久しぶりの唇を、時間をかけ、丹念に味わってゆく。静かになった部屋に、濡れた音と荒い吐息だけが大きく響いた。
情熱的な口付けに煽られ、次第に身体の中心が熱く高ぶってくる。
ちょうどいい距離にあるソファに和泉を押し倒そうと心に決めた瞬間、寝室に繋がる扉が開き、中から人が出てきた。
「あ、二人ともモトサヤに収まったんだー。良かったな」
「転校生?! てめー、何で和泉の部屋にいやがる!!」
あっけらかんと笑顔で言ってくる転校生に、俺はいいとこで邪魔された怒りのまま飛びかかった。
「わっ、ちょ! ギブギブ!」
「自分だってさっそく浮気してんじゃねーか!」
平凡の胸倉を締めあげながら和泉を睨めば、口付けの余韻で潤んだ瞳のまま、首を横に振る。
「してません!! 私と大悟は、そんな関係じゃないんです!」
「だったら、どんな関係だって言うんだよ!!」
「従兄弟だよ!」
両手を上げて、平凡が叫ぶ。
「…イトコ?」
「そ。俺、前のガッコでバカやって退学になっちまってさぁ。叔父さん…ハルの父さんのつてで、ここ紹介してもらったんだー」
「な、何で和泉の部屋に…」
「転校が急で、俺の部屋のリフォームやらの準備が間に合わなかったから、終わるまでハルの部屋に世話になることにしたんだよ」
「嘘だ! 従兄弟って…全然似てねえだろ!! 和泉はこんなに綺麗でしとやかで可愛いのに、平凡は地味でさえないボンクラじゃねーか!!」
「平凡で悪かったな。生まれ持った顔は変えられねーんだから、仕方ないだろ?」
やんわりと俺の腕を振りほどきながら、平凡が俺の疑念を一つ一つ打ち砕いてゆく。