『生徒会長と風紀委員長、深夜の逢引!!』
不本意ながら加賀に慰められ、和泉ともう一度話し合おうと決意を固めた翌日。
掲示板に張り出された校内新聞に、俺の意思はへにょへにょと萎えてゆきそうになった。
どぎつい見出しの下に、加賀が俺の部屋から出てくる瞬間の写真が、大きく引き伸ばされて張ってある。
写真には加賀のみならず、やや腫れぼったい目で奴を見送る俺の姿もばっちり収まっている。
どう見ても、事後っぽい。そんな事実は微塵もなかったというのに。
しかし、いつの間にこんな写真が撮られたのだろう。俺も加賀もまったく気配に気付かなかった。
生徒会役員の部屋があるフロアは、一般生徒の立ち入りが禁じられているというのに。新聞部員の隠密の腕、高校の新聞部ってレベルじゃねーぞ。
「会長様がネコなんて、嘘ですよねっ!!」
「でも、風紀委員長様がネコなんて、もっと考えられないし…」
「やっぱり、日向様がネコなんだ…」
「日向様がネコに転向されたのなら、僕、頑張ってタチになりますっ!!」
「まあ…日向ならイケねえこともないか。性格最悪だけど、顔だけは上等だもんな」
「俺、割と余裕だわ。あの取り澄ましたツラ引き歪ませてやったら、すげぇ楽しそうじゃん?」
「寝取られた男の身代わりにしてやったら、さぞかしスカッとしそうだよな…ククク」
ヨタ記事を真に受けて暴走し始めた周囲の反応に、俺はたまらず天を仰いだ。
「ジーザス…」
伊勢…新聞部の予算、次の会議で絶対減らしてやるから。
そう心に固く誓っていると、野次馬をかき分け加賀がやってきた。
「よう。お互い、面倒なことになったな」
「…てめーはまだいいだろ、タチ役だと思われてんだから。俺なんぞ、ネコだと思われてんだぞ!! この、俺様が!!」
「お前がネコなのはれっきとした事実だろうが」
「そ、それは…」
和泉限定で…とこの場では言うに言えず、口ごもる俺。
「じゃあ、やっぱりお二人は…!」
俺の反応に、固唾を飲んで見守っていた周囲から悲鳴が上がる。
まずい、誤解を解くどころか余計に煽ってしまった。
焦って周囲を見渡していると、青い顔で立ちつくす一人の生徒の姿が目に入る。
「和泉…」
思わずその名を呼べば、和泉はふいと顔を逸らして足早に去ってしまう。
あああ…絶対に和泉にも誤解された…。
誠実になろうと決めたその日から、こんな事態になるなんて。幸先の悪さに泣き出したくなる気持ちを堪え、俺は盛大な溜息を零したのであった。
教室でも散々加賀とのことを問いただされ、辟易し逃げるように生徒会室に来てからも、俺の心労は絶えることはなかった。
役員等が、妙に気遣わしげに俺をいたわってくるのだ。
「…会長。穴あきクッション、使う?」
「日向、腰が痛むなら、無理せずに寮に戻って構わないからな」
「ねぇねぇ、前立腺って気持ちよかった?」
「男でも乳首がりがりされて感じた?ねぇねぇ」
「止めろ…そんな風に気遣うな…あれは、誤解だっつってんだろ…!!」
俺は悲鳴のような声で叫んだ。
頼むから、あんなゴシップに惑わされないでくれ。今まで俺のこと、散々遊び人だと馬鹿にしてただろうが。ネコとしての俺なんて、あっさり受け入れんな。
「…会長、いーんだよ、誤魔化さなくても。俺、ちゃんと分かってるから。恥ずかしがらなくたっていいんだよ。会長がネコとか、正直想像つかないけど、委員長相手ならしょーがないよね…」
「和泉と別れて辛かったところを慰めてもらったんだろう? 心動かされても仕方がないな」
「風紀委員長はドエスの鬼畜って聞くけどぉ、どんなプレイされたのぉ?」
「大人の玩具とか、薬とか使われたぁ? 縛られたりした?」
「おかしいだろ!! 何ですんなり受け入れんだよ!! 犬猿の仲だった俺達がどうこうなるなんて、考えられねえだろ!!」
「だってー。風紀委員長、前からずっと会長狙いだったデショ?」
「え」
こてんと首を傾げてそう言ってくる長門に、俺は目を見張る。
「気付いていなかったのか?」
「いや、だって…あいつ、いつも俺に突っかかって来やがっただろ。嫌われてるとしか思わなかったぜ」
「好きな子ほど苛めたいという照れ隠しじゃないのか。告白はされたんだろう?」
「告白っつーか、まあ…」
「僕達、会長がフリーになってからぁ、いつ風紀委員長にパックンされるか賭けてたんだよぉ」
「思ったより早かったよねぇ。僕は一カ月以内に賭けてたんだしぃ、僕の勝ちでいいよね?」
「悔しーい! 風紀委員長、手ぇ早すぎぃ! 風紀に入ってんだから、もうちょっとお固いかと思ってたのにぃ!!」
「だから、喰われてなんか…!」
我慢の限界にきた俺がブチ切れそうになった瞬間、鋭い声が、浮ついた空気を切り裂いた。
「いい加減にしてください!!」
「和泉…?」
「下らない! いつまでそんな下品な話を続ける気ですか! 日向の浮気性はいつものことじゃありませんか! 相手が風紀委員長だからと言って、騒ぐほどのことではないでしょう! 日向が誰と寝ようが、そんな…」
顔を真っ赤にして俺達を叱りつけていた和泉が、不意に言葉を詰まらせる。
「そんな…っ…」
嗚咽のような声と共に、ポロリと涙が零れ落ちた。
「っ…」
呆然とする俺達を置いて、和泉は口元を押さえて走り去ってしまう。
「会長! 副会長が…」
「早く追いかけろ!」
「てめーらに言われるまでもねえぜ!」
惚れた男を泣かせるなんざ、男の名折れだ。
机を飛び越え、俺は和泉を追うべく駆けだした。