日向財閥の御曹司として誕生し、デロデロに甘やかされて何不一つ自由することなく育った俺は、見事に性根の曲ったガキ大将へと成長した。
 誰もが家の威光を恐れ、媚びへつらってくるのをいいことに、ワガママ放題、やりたい放題に振舞っては、周囲の人間に迷惑をかけ通してきた。
 そんな人間失格の俺を初めて叱ってくれたのが、中等部で出会った和泉だったのだ。

『日向! あなたはまたそんなことをして! 少しは人の迷惑というものを考えなさい!』
『るっせーな! いいこちゃんぶってんじゃねーよ、和泉! 生意気なんだよ!!』

 俺のやることなすこと全てに文句をつけてくる和泉を、正直最初は鬱陶しく思っていた。
 だが、ある時ふと俺は考えたのだ。和泉はなぜ、一文の得にもならないこんなことを続けるのだろうと。
 俺に近付きたいなら他の奴等のようにへつらえばいいし、嫌いなら無視して寄ってこなければいい。
 和泉が嫌な思いをしてまで俺を叱ってくれるのは、一体なぜか。
 厳しい言葉の奥底に、俺に対する情があるからだ。俺のことを思って叱ってくれているのだと、そう気付いてから、俺は一気に和泉に落ちた。
 第三の親のような親愛と、打算のない友愛。どんな額の金にも代えがたいそれを与えてくれた和泉に、俺はいつしか恋愛感情を覚えてしまったのだ。
 誰に嫌われても馬鹿にされても鼻で笑っていられるが、和泉に拒絶されると、駄目だ。涙腺が崩壊して、コントロールが利かなくなる。

「うううううう、うぐっ…! ひっ、ふうううう…!!」

 部屋に戻るなり、嗚咽を零す俺に、加賀は驚きともあきれともつかぬ顔を向けてくる。

「…お前、実は泣き虫か。前も生徒会室で泣いてたしな」
「泣い゛でね゛え゛っづっでんだろ…!!」
「じゃあ、これは何だ」

 頬を濡らす涙を拭い、加賀は俺をソファへと座らせ、自分も隣に腰を下ろす。

「こっ…心の汗だ」
「そうか、青春だな」

 俺の渾身の言い訳をあっさりスルーして、加賀はじっと俺の顔を覗きこんできた。
 今まで見たこともないような、真摯な顔で。

「なあ。泣くほど寂しいなら、俺が相手してやろうか?」

 そんな言葉と同時にトンと胸を押され、ソファへと倒れ込む俺の上に、加賀が覆いかぶさってくる。

「俺がお前を可愛がってやるよ」
「…は…?」

 何がどうしてこうなったのか。突然過ぎる展開に、俺の涙が思わず引っ込む。

「お前、タイプなんだよな。泣かせたくなるっつーか…実際、泣き顔かなりキタしな…」
「俺みてーな男くさい男をかよ…」
「男くさいからいいんだろ? そういう男を屈服させてこそ、雄としてのプライドと本能を満足させられるってもんだ」
「うわ…お前、真性かよ」

 悦に入ったような顔の加賀に、正直ドン引く。
 学園のゲイもしくはバイの奴等のほとんどは、いわば期間限定ホモだ。
 思春期特有の過剰な性欲と好奇心を、手近なところで解消しようという魂胆で男と付き合っているような奴等で、高校を卒業して大学に行けば、普通に女と付き合い始めるような人種だ。
 男だけが心から好きという人間は、逆に希少種なのである。

「真性じゃねえよ、バイなだけだ。女は女らしいの、男は男らしいのが好きなんだよ」
「俺、真性じゃねえから…男くせぇのより、女っぽい奴の方がいいから…」

 暗にお断りと匂わせる俺に、加賀は驚愕の台詞を投下してきた。

「副会長みたいな、か? でも、抱かれてたのはお前の方だろ?」
「…何で、知ってる」
「あー…雰囲気で何となく分かるだろ」
「分かんねえよ、普通!!」

 俺は学園の抱かれたいミスターコンテストでナンバー1をとって、生徒会長に就任した男だ。
 そんな俺が、抱きたいミスコンナンバー1の和泉に女役として扱われているなど、一体誰に想像できようか!

「結構分かりやすいけどな。やった次の日は、腰だるそうに庇ってたとか、目が若干腫れぼったいとか。気付いてる奴は気付いてんじゃねーか?」
「…で、でも! 生徒会の奴等は完全に俺がタチだと思ってんぞ!」
「お前がタチ役って頭に刷り込まれてるからだろ。最初からネコとして狙ってる奴は、雰囲気で気付くと思うぜ」
「そんな変態、お前の他にいるわけねーだろ…」
「分かんねえぜ? お前、中身は最低だが、外面だけは上等だからな」
「勘弁してくれ…」

 辟易する俺に、加賀は甘ったるい声で囁いてくる。

「なあ、俺にしとけよ。腰が抜けるほど可愛がってやるぜ?」

 お前誰?と突っ込みたくなるような台詞を吐く加賀に、唇を重ねられる。

「んん…!」

 口内を翻弄する舌の動き自体は、恐らく快感をもたらすものなのだろう。
 だが、それが加賀のものだと思うと、背筋に悪寒が走りまくる。

「…無理! 生理的に無理!!」

 加賀の唇から解放された俺は、鳥肌を立ててそう叫んだ。

「男相手に抱かれるとか、ありえねえから! 絶対ぇ無理!!」
「和泉には抱かせてんだろ?」
「和泉だから、許せたんだよ…他の奴らなんて、ありえねえ…」
「だったら、諦めんなよ。ガキみてえに泣きじゃくってんな。どうせ馬鹿なんだ、馬鹿なりに自分の気持ちを伝えてくりゃいいじゃねえか」
「加賀…」

 くしゃりと頭を撫でられて、子供に対するような優しい笑みを向けられる。

「まあ、それでまた馬鹿起こして俺に面倒かけようってんなら、承知しねえけどな。問題にならねえ範囲でやれ。親衛隊も暴走させんなよ」
「ふん…貴様なんぞに命令されんのは癪だが、しょーがねえから聞いといてやるよ」
「どうしても駄目だった時には俺のとこに来い。慰めてやるよ」
「うっせぇ! 俺の辞書に不可能はないんだよ! 和泉の気持ちは絶対に取り戻す!!」

 憎まれ口を叩きながらも、慰めてくれたらしい加賀に、俺は感謝の気持ちを覚えていた。
 そして、あの小癪な転校生が残した言葉もある。

『なあ、あんなこと言ってるけど、ハルも本気じゃねえんだよ。ほんとはあんたのこと気にしてる。会長さんのことが好きだからこそ、遊ばれたと思って傷付いたんだよ。あんたが真剣になりさえすれば、ハルもきっと…』

 恋敵のような存在の言動一つに振り回されるのは業腹だが、あの言葉を信じてもいいのなら、和泉は多分、今でも俺に気持ちを残してくれている…のだろう。
 いつも一緒にいる奴の目から見てそう見えるというのなら、俺はまだ、希望を捨てずともよいのではないだろうか。
 嫌われたと落ち込むのはまだ早い。部屋にこもって涙にかき暮れるのは、和泉に全てを伝えたあとでいい。
 俺が心から和泉を愛しているのだと、どうしようもなく惚れているのだと、もう一度伝えた、そのあとで。

「…やってやる。待ってろよ、和泉!」

 一度は完膚なきまでに打ちのめされかけた俺は、再び和泉と向き合う勇気を手に入れた。

「くれぐれも言っておくが、絶対に騒ぎは起こすなよ。テメェ等がイザコザってると、校内の治安までおかしくなるんだからよ」
「ふん。すぐにモトサヤに収まって、てめえら風紀を楽隠居に追い込んでやるよ」

 認めるのも癪だが、こいつと転校生のおかげだ。
 俺は初めて何の気負いもなく、素直な気持ちで加賀に微笑みかけられたのだった。


| TOP |
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -