そうして俺は、食事を終えた和泉と転校生の尾行を開始した。
 ちなみに生徒会の面々は、ストーキングには付き合ってられんと早々に脱落した。根性の足りん奴等だ。

 寮に戻り、談話室に差し掛かったところで、和泉が転校生と別れ、廊下の奥へと姿を消す。
 よし、今がチャンスだ。俺は物陰から姿を現し、転校生の方へと近付いた。

「おい、そこの平凡!」

 そう叫んでびしりと人差指を突きつければ、転校生が間の抜けた表情で振り返る。

「は? 平凡って…もしかして、俺のことっすか?」
「どっからどう見ても平凡だろう! 薄ぼんやりとした顔つきに、中肉中背の肉体、特徴のない声! 貴様は平凡中の平凡、キングオブ平凡だ!!」
「ひでぇなあ、俺にはちゃんと若狭大悟って名前があるんスけど」
「平凡の名前なんぞ、はなから覚える気はねぇ!」
「ええっ?! 何その差別?!」

 平凡は引きつり顔でのけぞったが、すぐに愛想笑いを浮かべてみせる。なかなかタフな奴だ。

「そんで…その平凡に何の御用でしょーかね、会長さん」
「てめーに警告しに来てやったんだよ。いいか平凡、命が惜しけりゃ和泉に近付くな!」
「は? 何でハルに近付いちゃいけねーんすか?」
「和泉はな、この学園の生徒会副会長なんだよ! お前みたいな平凡野郎は、和泉には釣り合わねえ!」
「うーん、そんなこと言われてもなあ。別に俺、人の目とか気にしねーし。他人がどう言ってこようと、本人達が良けりゃ、それでいいじゃねーですか」

 正論だ。だが時として正論は、人を苛立たせるだけの役にしかたたない。
 特に、俺のように、恋に狂った男の前では。

「…どうしても俺に逆らうつもりか?」
「別に、逆らおうって気はありませんよ。ただ、ハルに近付くなって警告は受け入れられないってだけで」
「なら、親衛隊を使って、お前にありとあらゆる嫌がらせをしてやる。手始めに…そうだな、お前の下駄箱を、ダンゴムシで埋め尽くしてやろう」
「何それ、ちょーグロいんですけど?!」

 その光景を想像したのか、平凡が真っ青になってぷるぷる震えだす。

「それが嫌なら、和泉に…」

 脅える様子の平凡にたたみかけようとした時、鋭い声が廊下に響いた。

「大悟!!」

「和泉…」

 声が聞こえた方へと振り返ると、そこには俺の愛しい恋人の姿。

「何で戻ってきたんだよ…」
「…トイレに行ってきただけですけど。それより…日向、あなたこそ何してるんですか」
「ふんっ。そこの平凡に教えてやってたんだよ。平凡の分際でお前に近付こうなんざ、身の程知らずにもほどがあるってな!」
「平凡って…」
「そこに突っ立ってる、さえない顔のウスラボケのことだ」
「日向。次に大悟のことを平凡なんて言ったら、殴りますよ」
「なっ…何でそいつを庇うんだよ!」
「不良に理不尽に絡まれている生徒を助けるのは、副会長として当然の務めです」

 やたら親身な和泉の様子に、俺の胸にわだかまっていた疑念が一気に膨れ上がる。

「…そいつに惚れたのかよ」
「…あなたには関係のないことです」
「ああ?! お前は俺のオンナなんだぜ、関係ねえわけねーだろ!」
「誰があなたの『おんな』ですか。別れると言ったでしょう」
「俺は別れる気はねえって言ってるだろ!」

 目を逸らす和泉の肩を掴み、強引にこちらを振り向かせれば、うっすら涙のたまった目で睨みつけられる。

「言ったでしょう。あなたにはうんざりなんですよ! いつも、いつも自分の都合ばかり押し付けて!! 私の気持ちなんか、全然考えようとしない!! あなたが浮気するたびに、私がどんな思いをしてきたか、少しでも想像したことがあったんですか?!」
「和泉、それは…」
「あなたといると、いつも苦しい思いばっかり! これ以上っ…私を、振り回さないでください!」

 いつも温和な和泉の悲痛な声に、俺の胸に罪悪感が重くのしかかる。
 軽い気持ちで繰り返していた浮気が、こんなにも和泉を深く傷つけていたなんて。

「もう、あなたの顔も見たくない…!!」

 白皙の美貌に涙を滴らせ、和泉はきっぱりと俺を拒絶した。



「大丈夫か?会長さん」

 踵を返す和泉を追うこともできず、呆然と立ち尽くす俺に、転校生が気遣わしげに声をかける。

「てめぇ…へい…転校生!」
「いい加減、名前で呼んでくれてもいいだろ」
「敵と馴れ合えるか!」
「敵って…」

 こんなことになってなお、頑なな俺に呆れた顔をするが、すぐに真剣な顔になって俺の両肩を掴んでくる。

「なあ、あんなこと言ってるけど、ハルも本気じゃねえんだよ。ほんとはあんたのこと気にしてる。会長さんのことが好きだからこそ、遊ばれたと思って傷付いたんだよ。あんたが真剣になりさえすれば、ハルもきっと…」
「るせぇ! 自分が一番あいつのこと分かってる、みたいな顔すんじゃねー!!」
「えー…慰めたのになんで怒られんの…」
「同情されるほど落ちぶれちゃいねーんだよ!」
「いや…だって目ぇ真っ赤じゃん、あんた。今にも泣きそう…」
「黙れ!」

 カッとなって、転校生の胸倉を掴み、廊下の壁へと叩きつける。
 怒りのままに、大きく拳を振りかぶる。



「日向ぁッ!! てめぇ、今度は転校生に手ぇ出す気かぁっ!!」
「ぐふっ」

 怒声と共に首をホールドされ、俺の拳は的を外す。

「またテメェか加賀ァ!! 何でいっつも俺の邪魔をしやがるんだ!!」
「生徒会長自ら風紀を乱すな! 俺の仕事を増やしてくれるな!! 本当いい加減にしろよテメェ…!」

 小競り合いする俺と加賀をよそ目に、転校生はポンポンと制服の埃を払い、平然と歩きだす。

「会長さん…俺の言ったこと、ちゃんと考えてくれよな。ハルのこと、本気ならさ」

 去り際に、そんな言葉を残し。




 …和泉に、完全に嫌われてしまった。
 絶望が、俺の胸を埋め尽くす。

「う…」
「…天下の生徒会長が、廊下の真ん中で泣くな」
「な、泣いてねぇしっ!」
「声裏返ってんぞ」
「うぐ…」

 嗚咽を抑えようとして失敗し、喉がひくひく痙攣する。

「部屋まで送ってやっから、泣くのは我慢しろ」
「泣い゛でね゛え゛…!」

 加賀に頭を抱き抱えられながら、俺は私室への道を涙目で帰って行った。


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