俺と和泉のいざこざの模様は、次の日には学園中に知れ渡ってしまっていた。

「会長様…振られてもなお、一途に副会長様を思い続けるなんて…何て健気なんだろう。僕、感動したよ」
「僕としては、新しい恋に走って欲しいんだけどなー」
「いい気味だよね。やるだけやってポイ捨てとか、今までがちょー最低だったし。自業自得ー」
「振られたんなら、潔く諦めりゃいいのに。いつまでも相手のケツ追ってんじゃねーよ。みっともねーの」
「今こそ千載一遇のチャンスだよな。ぜってー和泉をモノにしてやる…!」
「和泉先輩、ネコの子相手でも大丈夫かなあ…」
「ハハッ、あのヤリチン、マジざまぁ! 人の恋人寝取りやがって。天罰が下ったんだよ」

 廊下を歩く俺は、すれ違うたび生徒達の間から漏れ聞こえてくる囁き声に顔をしかめた。
 他人事だと思って、好き勝手言いやがって。
 しかし、注目を受けるのは有名人のさがとはいえ、半数近くが俺への非難だとはどういうことだ。
 男前で金持ちで知勇兼備の俺に嫉妬する気持ちは理解できないでもないが、今回のケースで一番可哀想なのは、どう考えても俺だろう。
 和泉に別れを切り出された上に泣かれるわ、加賀に懲罰命令を下されるわで、弱り目に祟り目、踏んだり蹴ったりの泣きっ面に蜂状態なのだから。

 鬱々とした気持ちで廊下を突き進んでいると、向こう側から和泉が歩いてくるのが目に入り、俺はたじろいだように足を止めた。

「あ…」

 昨日の今日で、何と声をかければいいのか分からない。
 言葉を探して口を開くが、和泉はふいと俺から目を逸らして通り過ぎる。

 …無視、された。
 和泉に、無視された!!

 衝撃に、じわじわ目尻に涙が浮かんでくる。

「日向様と和泉様、やっぱりもう…」
「完全に破局だな。ありゃもう修復不可能だろ」
「うるせぇ!! 別れてねーっつってんだろ!」

 周囲からの憐憫混じりの眼差しに堪え切れず、癇癪のようにそう叫ぶ。
 あれは、照れているだけだ。あんなふうに俺の前で泣いてしまって、気まずいからそっけなくしているだけ。
 きっと、そうに違いない。そうだと、言ってくれ…

「和泉…」

 お前に嫌われたなんて、そんなこと…想像すらしたくない。






 そして、放課後の生徒会室では。

「おい、和泉…」
「何ですか?」

 俺が内心びくびくしながら和泉に声をかければ、何の感情も込められていない、ごく淡々とした返事が返ってくる。

「いや…この書類、確認頼む」
「分かりました」

 ビジネスライクすぎる反応が寂しくて、何とか会話を続けようと、さらに声をかけてみる。

「…あの、よ」
「まだ何か?」
「…いや、何でもない」
「何でもないなら、いちいち呼び留めないでください。不愉快ですから」

 特攻をかけて見事に撃沈された俺に、役員等が憐憫の目を向けてくる。いや、双子は小馬鹿にした目か。

 あの日からずっと、俺と和泉はこんな感じだ。
 大きな口論もない代わりに、ちょっとした日常会話を交わすこともない。
 ちなみに和泉に対する接近禁止令は、一週間でとりあえずは解除されたのだが、俺は和泉に拒絶されたことで予想以上に心にダメージを負ってしまったようで、それまでのように軽々しく話しかけることすらできなくなってしまった。
 またあんな風に怯えさせて、拒絶されたらと思うと、怖いのだ。
 別れ話を切り出してからも、和泉は俺に対して呆れこそすれ、心から嫌悪しているという態度は見せてはきていなかった。
 だから俺はショックを受けつつも、表面上はいつも通りに和泉に接することができた。

 けれど、それも今はできない。
 生徒会室では普段通りに業務が続けられ、最低限の会話は交わされてはいたが、それまでとは決定的に異なる、張り詰めたような空気が、俺と和泉の間に漂っていた。




 奇妙な緊張に満ちた日々が送られ、いつになれば俺達の関係が修復するのかは、全く予想が付かなかった。
 何せ俺は和泉に声をかけられず、和泉の方は俺を無視しているのだから、状態が改善するはずもない。
 当面は、この息の詰まるような日々が続くかと思われた。

 だが、変化はある日、思いもよらない形となって訪れた。
 学園に、一人の転校生がやってきたのだ。


「んー、今日も一日平和だったな〜」

 うーんと背伸びし、そう呟いているのは中肉中背、これと言って特徴のない、平均的な顔立ちの一人の生徒。
 一週間前転校してきたそいつは、ともすれば周囲に埋没してしまいそうな没個性の存在だが、そうなってしまわないのは、隣に立つ男の存在があるからだ。

 愛しい愛しい俺の恋人、和泉元治の姿が。

「お腹はすいてませんか?大悟」
「あー、そういやすっげー減ってるかも!」
「だと思った。食堂に行きましょうか」

 俺には決して見せない優しげな顔で、和泉は転校生に微笑みかける。
 生徒会役員として転校生を出迎えた和泉は、あの冴えない男に、どういうわけだか首っ丈になってしまったのだ。
 以来、どこへ行くにも隣にあって、転校生をデロデロに甘やかし続けている。

「ハルぅ〜…俺、焼肉定食が食べたいな」
「大悟…あなた、昼もステーキセット食べてたじゃないですか。駄目です、そんな肉ばかり! 成長期なのに、栄養が偏ってしまうでしょう。和風御膳になさい」
「げー、だって今日のメイン、カレイの煮付けじゃん! 骨多いし、絶対やだ!」
「分かりましたよ…骨、むしってあげますから」
「ちぇー。肉が食いたいのにぃ」

 あの野郎! 和泉にむしってもらった魚の何が不満だ!!

「くそぉおおおお!! 俺だって、名前で呼んでもらったことねーのに!!」

 親しげに笑い合う二人の姿を壁の影から見つめ、俺はギリギリと歯を食いしばる。
 ハルとか大悟とか、楽しそうに呼び合ってんじゃねえ! 羨ましいんだよ!!
 生徒のトップたる会長らしからぬ行為(覗き見)をする俺を、役員等が呆れた目で見ている。

「それだけ本気なんだよ、副会長は」
「だろうな…あんなに穏やかな顔をした和泉は初めて見る」
「会長、ミッジメぇ〜! きゃはははは!」
「元恋人の後付けるフラレ男とかぁ、超かっこ悪ーい!」
「テメェ等、マジ黙れ」
「「ぎゃあああああ、痛い痛いっ!!」」

 苛立ちのまま頭を摘んで力を込めると、ユニゾンで悲鳴が上がった。さすが双子。


「…邪魔してやる」

 このまま、和泉と転校生が親しくなるのを黙って見過ごすわけにはいかない。

「くっくっくっ…俺から逃げられると思ってんのか? 和泉、お前は俺のものなんだよ…!」

「うわぁ…学園ナンバーワンの男前には見えない悪顔だ…」
「…黒いな。冷気を感じるほどだ」
「完全に間男役じゃぁん…」
「てゆうかぁ、ストーカー? 思いっきり悪役だよねぇ…」

 何とでも言え。愛のためならば、俺は悪魔にもなってみせる。
 俺は転校生排除計画を、頭の中で練り始めていた。


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