「和泉、どこだ…!」

 和泉を尋ねて三千里。
 俺は無駄に広い校舎の端から端まで駆け巡り、和泉の姿を捜し求めていた。

「いず…」

 ようやく廊下を歩く和泉の姿を見つけ、ほっとしたのもつかの間。声をかけようとして目を見張る。
 一人の男子生徒が和泉の肩に手を置き、馴れ馴れしく声をかけていたのだ。

「なあ、あのヤリチンとは別れたんだろ? 俺と付き合おうぜ」
「しつこいですね、私は金輪際、男性とは付き合うつもりはないと言ったはずですが」
「固いこと言わないでさあ。俺、結構上手いよ? 日向なんかよりずっと、満足させてやる自信あるし」

 そう言ってそいつは、こともあろうに和泉の身体を抱きよせて、唇を奪おうと顔を寄せたのだ。
 その光景に、俺は足を踏み出していた。

「ちょっと! 止め…!」
「誰の許可を得て、そいつの身体に触ってんだ?」

 怒りのあまり、自分でも聞いたことがないほど低い声が出る。

「げ、日向…」

 ゆらと一歩踏み出せば、男子生徒はひきつった笑みを浮かべて後ずさった。

「今すぐ、和泉から手を放せ。そいつは俺のものだ」
「私の身体は私のものです。誰に触れさせるかは、あなたではなく私が許可を出します」

 横から突っ込んでくる和泉を無視し、俺は間男ヤローを睨みつける。

「和泉の真っ白な肌もピンクの乳首も、エロいうなじも綺麗な鎖骨も! 全部俺のものなんだよ! テメーなんぞお呼びじゃねえ、消え失せろ!!」
「ちょ、マジ切れすんなって。冗談だからっ!」

 鋭く恫喝すると、逃げるように廊下を走り去ってゆく。
 暴漢を撃退できたことに満足していると、和泉が真っ赤な顔で俺を怒鳴る。

「公衆の面前で、不謹慎なことを叫ばないでください!!」
「本当のことを言って何が悪い! お前の肌が白いのも、乳首がピンクなのも事実だろうが!! それを他の奴等に見せたくないのは当然だろ!! それともお前、あいつに触らせるつもりだったのかよ?!」
「こんの…馬鹿!! 時と場合と場所を考慮してものを喋るということができないんですか!!」
「生憎、誰かに遠慮して生きるなんてやり方、習ってこなかったんでなあ! 俺は俺のやりたいようにやるんだよ! 恋人との関係にしてもな!!」

 和泉の腕をひとまとめに掴み、壁へと縫いつける。

「放して下さい! 腕が、痛い…」
「ずっと我慢してた俺が馬鹿だったんだよな。もっと早く、奪えばよかった…!」
「日向、止めて…!」

 首筋に唇を寄せると、和泉の口からか細い悲鳴が上がるが、俺は無視してさらに強く吸いついた。
 ネクタイをほどき、シャツのボタンを外す。隙間から指を差し入れれば、和泉の身体はびくりと震える。
 ネコとして何度も抱かれて、見慣れていた身体だが、タチとして見てみると、改めて極上の身体だと思う。
 きめ細かい肌に、適度な弾力のある胸、慎ましやかだが、鮮やかな色の乳首…

「和泉…」

 ようやく、俺のものにできる…



「お前ら、痴話喧嘩なら部屋に戻ってからにしろ」

 そんな声と同時に、首根っこをぐいと引かれ、和泉から引きはがされた。
 振り返ると、風紀委員長加賀の険しい顔があった。

「テメェ、加賀…邪魔すんじゃねえ、放せ!!」
「放したら、また和泉に襲いかかるだろうが、お前は」

 じたばた暴れる俺をがっしりと抱え込み、加賀の野郎が和泉に手を振る。

「和泉、今のうちに行け」

 和泉は自分の身体を抱き締めるようにして僅かに震えていたが、加賀に促されると、一礼して立ち去った。
 和泉の姿が見えなくなり、ようやく加賀の腕から解放されると、振り返って奴を睨みつけた。

「何で邪魔しやがんだよ! 俺は暴漢の手から和泉を守っただけだろうが!!」
「その和泉が迷惑してたからだろうが。つーか、むしろてめえの方が暴漢に見えんだよ。別れた相手にいつまでも未練がましく付きまとってんじゃねえ。ストーカーかてめえは」
「別れちゃいねえ!! あれは…、そう、アレだ、ツンデレだ!! 和泉は恥ずかしがってるだけなんだよ!」
「だからなあ、その思い込みがストーカーの域に達してるって言ってんだよ!」
「俺はストーカーじゃねえ! 和泉の恋人だ!!」
「ストーカーは皆そう言うんだよ!!」
「うるせえ! てめぇに俺達の何が分かるんだよ!!」
「知らねえよ、てめえらのことなんざ! だが、俺の目の黒いうちは、暴行事件なんて起こさせねえぞ。いいか、事態が落ち着くまでしばらくは和泉に近付くんじゃねーぞ! あいつの半径三メートル以内に入ってみろ、生徒会長と言えども、暴行罪並びに付きまといの罪で、停学処分に追い込んでやるからな!」
「てめえ! 何様のつもりだ!!」
「風紀委員長様に決まってんだろうが!! 何で生徒会会長と風紀委員長が同レベルのパワーバランスを保ってるか分かるか? 一方が暴走した時、もう一方が諌められるようにだ! テメェがどんだけわめこうが、俺はやると言ったらやるからな!」

「くそっ…!」

 あの横暴な頑固者は、やると言ったら本気でやる。
 男の尻を追いかけて停学処分なんて、さすがの俺でも恥ずかしいものがある。
 短慮のせいで、しばらくの間、和泉に近付くことができなくなってしまった。

「ジロジロ見てんじゃねーよ、散れっ!」

 遠巻きに見ていた野次馬どもを蹴り散らしながら、俺はその場を去る。


「ちくしょう…」

 俺に襲われ、震えていた和泉の姿を思い出すと、胸が苦しくなる。
 和泉が好きなだけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 やるせない思いで、俺は一人孤独を噛みしめていた。


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