世界が崩壊したかのような衝撃を受けても、日常は、何事もなかったように続いてゆく。
 俺をこっぴどくふった次の日も、和泉は何事もなかったかのような顔で、いつも通り生徒会室に来て、副会長としての業務をこなしていた。

「そろそろお茶にしましょうか」
「さんせーい! 肩凝っちゃったよー」
「そうだ、うちからいい茶葉が届いたんだ。よければ使ってくれ」
「ありがとうございます。さっそく使わせてもらいますね」
「おい和泉、俺はコーヒー」

 席を立つ和泉に頼むと、絶対零度の眼差しが返ってくる。

「…なぜ私が、あなたのコーヒーを淹れなきゃいけないんですか?」
「いいだろ、ついでなんだから」
「嫌です。自分でおやりなさい」

 そっけなく言い放ち、和泉は給湯室へと消える。

「会長…副会長と何かあった?」

 溜息をついていると、会計の長門が心配そうな顔で尋ねてきた。

「和泉が日向に厳しいのはいつものことだが…今日は輪をかけてピリピリしているな」

 書記の大隅も不思議そうに聞いてくる。

「どーせまた、浮気がばれたんじゃないんですかぁ?」
「これでぇ、もう何回目だったっけぇ? もう両手じゃ数え切れなぁい」

 双子の庶務、因幡兄弟がきゃらきゃらと笑いながら、鋭く真相に切り込んでくる。

「うっ…」

 図星を突かれ、俺は胸に手を当てる。

「…日向。また浮気か」
「ばれちゃうようにやるとこがぁ、会長の浅はかなとこだよねぇ」
「本当に和泉ちゃんのこと大事にしてるんならぁ、徹底的に隠さなきゃあ」
「いやいやいや、副会長が大事なら、浮気しないってのが普通じゃないの?」
「無理でしょおー。会長は性欲魔人の下半身馬鹿だもんー」
「溜めこみ過ぎてぇ、和泉ちゃんを壊しちゃわないためにやってるんだよねぇ?」
「そ、そうだ! 俺は和泉のためを思って…」
「…日向。目が泳いでるぞ。慣れない嘘はつくな」

 大隅に突っ込まれ、俺は盛大に溜息をついた。

「しゃーねーだろ…あいつ、淡白なんだよ。俺から誘ってようやく応じるって感じで、自分から求めてもくれねーし。物足りねーんだよ…」

 回数も少なければ、頻度も少ない。
 俺がしつこく求めるから、渋々付き合ってくれるという感じで、どうも乗り気でない雰囲気が、するたびに伝わってくるのだ。
 だから俺は不安になる。本当に、和泉に愛されているのか、自信が持てなくなるのだ。

「あいつが俺に、愛を感じさせないのが悪ぃ!」
「だから、浮気に走るって?」

 長門が呆れ顔で非難するように言うが、浮気はいわば、俺なりの愛情確認方法なのだ。
 浮気をすれば、和泉が俺を叱ってくれる。
 形のいい眉を吊り上げ、頬を紅潮させ、柔らかで綺麗な声を鋭く尖らせ。
 俺だけを見て、俺だけに意識を向けてくれる。
 和泉が俺のためだけにそこにいると、ようやく確認できるのだ。

「会長…いい加減にしとかないと、本当に愛想尽かされちゃうよ?」

「そんなもの、とっくに尽きました」

 冷たい声が、俺の背後から降ってくる。

「い、和泉…」

 ぎくしゃくと振り返ると、5人分の茶を乗せた盆を持ち、和泉が冷笑を浮かべて立っていた。

「副会長、愛想がつきたって…」
「昨日、この下半身馬鹿とは、綺麗さっぱり縁を切りましたから」

「「「えええええ?!」」」

 生徒会室に、驚愕の声がこだまする。

「俺は了承してねーぞ!」

 慌てて否定する俺を避け、和泉は役員等に茶を配っていく。

「引き際を見極められない男は無様ですよ、日向。紛いなりにも生徒会長なんですから、別れた相手にすがるようなみっともない姿は見せないで下さい」
「別れてねえって言ってんだろ!!」
「そっかー…会長、振られちゃったんだ…」
「今までの悪行の報いだぞ、日向。和泉でなければ、とうに見放されていただろうな。むしろ、よくぞここまでもったと感心するほどだ」
「それが正しい判断だと思うよぉ、和泉ちゃん。こぉんなろくでなしにいつまでもかかずらわってちゃ、いつか身を滅ぼしただろうしぃ」
「和泉ちゃんならぁ、もっといい男が見つかるってぇ〜。そうだ、僕らなんてどう? 優しくするよぉ」

 いやらしい手つきで和泉の腰に手を伸ばそうとする双子に、俺は般若の形相になる。

「そこ! 似非ぶりっこ双子!! 和泉に薄汚ぇ手で触んな!!」
「振られた人にィ、どうこう指図されるいわれはないはずですけどぉ〜」
「選ぶのは和泉ちゃんであってぇ、会長は関係ないですからぁ〜」
「ふふ、慰めてくれてありがとうございます。でも、私は大丈夫です。いつまでも、過去にこだわるつもりなんてありませんから」
「そっかぁー、残念だなぁ」
「寂しくなったら、いつでも僕等のとこに来ていいからねぇ」
「行かせねえよ! 和泉は俺のもんだ!!」
「私が、あなたのもの? は! あなたはただの他人でしょう」
「ううう…」

 和泉の顔に、俺を蔑むような嘲笑が浮かんでいる。どんな顔をしていようと和泉は美しいが、できればこんな、俺の存在を全否定するような、虫けらかゴミを見るような目では、俺を見て欲しくない。泣きそうになるから。

「俺は、絶対ぇ別れねえからな!」

 涙の滲み始めた目を隠し、そう言うだけ言って、俺は逃げるように生徒会室をあとにした。


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