『お前が好きだ』

 そう言い放った瞬間の、和泉の顔は見ものだった。
 いつも温和で冷静な和泉が、ぽかんと大きく口を開き、魂が抜けたように呆然と俺を見つめ返していた。

『俺のものになれよ、和泉』

 笑って、和泉の頬に手を伸ばせば、ハッとしたようにいつもの姿を取り戻し、俺の手から逃れるように顔を背ける。

『…馬鹿馬鹿しい。私をあなたの取り巻きと同列に扱わないでください。セフレの一人にしようだなんて、これ以上ない屈辱です』
『セフレじゃねえよ。俺の、恋人になってくれ』
『性欲処理の相手など、あなたが望めばいくらでもいるでしょう。わざわざ私にお鉢を回してこないでください』
『お前だから欲しいんだよ。他の奴等とは違う』
『いい加減にしなさい…!!』

 和泉は堪えかねるといった調子で叫んだ。

『あなたの言葉なんて、信じられるはずがないでしょう…! 今まで何人の生徒の気持ちを弄んできたと思っているんですか! そんな人間の愛情なんて、信じられるはずがない!』

 頑なに俺を拒絶しようとする和泉に、途方に暮れた。

『…だったら、何をすりゃいいんだ? 全校生徒の前で、お前への愛を叫びでもするか?』

 和泉が望むのなら、どんなことでもしてやる。

『なあ、和泉』

 迫る俺に、和泉は顔を上げ、不敵な笑みを浮かべて見せる。

『…そうですね。あなたが私の要求を受け入れるなら、信じてあげてもいい』
『本当か?!』
『ええ。受け入れられれば、の話ですが』
『何だってやってやるよ、お前のためなら』

 途端に浮かれる俺に、和泉は冷徹な声で命じた。

『私に、抱かれなさい』

『え…』

『あなたが女役を務めなさいと言っているんです。私は、身持ちの悪い女のように扱われるのはまっぴらだ。だから、あなたが抱かれなさい』

 言葉を失う俺に、和泉は無慈悲な女王のように、冷たく笑う。

『私を愛しているなら、出来るでしょう?』

 勝ち誇ったように微笑む和泉の、固く握りしめられた拳が、僅かに震えていることに気が付いた。
 和泉は、俺の気持ちを信じきれないのだ。俺が今までの相手と同じように和泉を弄び、傷付けないかと怯えているのだ。
 だから無理な条件を提示して、俺の告白自体をなかったものにしようとしている。
 俺が、身体を差し出せるほどには、和泉を愛していないのだと。

 自分がネコ役になるなど、今まで考えたこともなかったし、考えたくもないというのが正直な気持ちではある。
 だが、惚れた相手の心ひとつ守れないで、何が男だ。
 和泉の心を得るためなら、何だってやってやろう。彼に、そう宣言してのけたとおりに。

『…分かった。それだけでいいんだな』

 肯くと、和泉の作り笑顔が消え、子供のように無防備であけっぴろげな、驚きの表情が現われた。

『え…』
『何だよ、その顔』
『…分かってるんですか? あなたが、私に抱かれるんですよ。女みたいに、扱われるんですよ。それを、受け入れるって言うんですか?』
『ああ、お前がそうしたいならそうすればいい』
『…本当、に?』
『んだよ、お前が俺に抱かれろっつったんだろ? 男に二言はねえよ。この身体で勃つもんなら、突っ込んでみやがれ』
『…あなたは、本当に…私を?』

 どうやらようやく、和泉は俺の言葉を信じてくれたらしい。
 呆けたような顔で呟く和泉の身体を、俺は抱き締めた。
 真っ赤に染まった耳に、我ながら砂糖を吐きそうなほど甘ったるい声で、そっと囁いてやる。

『だから、最初っからそう言ってんだろ。俺は、お前が好きなんだってな』
『日向…』

 艶やかで形のよい唇に、そっと自分の唇を重ねる。
 甘い味すら感じられるような、甘美な口付けに酔う。


 その時俺は、17年の人生の中で一番、幸せだったのに。


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