16

「…なぜですか、王雅様」

 部屋に戻り、王雅様から手当てを受けながら、俺は問うた。

「吉峯を愛していたのではなかったのですか…?」
「好きだったさ。けど、お前と引き換えるほどのものじゃない」
「吉峯には、初めての想いを感じたと仰っていました」
「初めてだよ。俺を『王雅』に付随する人間としてじゃなく見てくれたのは、帝人が初めてだったんだからな。珍しくて、面白くて、興味を持った」
「それだけ執着なさっているのなら、手放されなければよろしかったのに」
「言ったろ。お前に比べれば、大事じゃない」
「…吉峯で駄目ならば、どんな人間ならよろしいのです」
「しつこい!! こう言えば満足か?! お前以外なら、誰でもよかったんだ!」

 包帯を投げ捨て、王雅様が叫んだ。

「お前以外の人間なんて、誰だろうと同じだ。帝人だろうが、親衛隊の人間だろうが、他の奴等だろうが! 誰だろうが変わらない!!」
「だから、恋人を頻繁に変えられたと仰るのですか…?」
「お前が俺を拒んだからだろ?! 俺はお前が欲しいって、ずっと言って来たのに!!」

 熱の篭った王雅様の眼差しを受け止めきれず、俺は顔を伏せた。

「それなのに、お前は今まで相手にしてきた男達に、嫉妬するどころか同情さえしてたな。俺の感情をどこまで弄べば満足する?守也」
「…俺はどこまでもあなたのものです、王雅様。けれど、俺達の関係に、恋愛感情は不要でしょう。情を挟んでしまえば、互いを冷静な目で見ることができなくなります。それでは側近としては失格です。俺は、あなたのしもべとして…」
「うるさい!」

 寝台に腰掛けていた俺を、王雅様が押し倒した。
 整えたばかりの身だしなみを再び乱され、俺はのしかかる王雅様を見上げる。

「…俺は…あなたのためならば、誰に何をされようとかまいません。けれど、あなたに、こうされることだけは嫌だ」
「…俺が、イヤ? あの男に犯されても平然としてたのに、俺は嫌なのかよ!!」
「…ええ、嫌です」

 激昂する王雅様に肩を揺さぶられ、ずっと抑え込んできた感情が、俺の中で爆発した。

「誰のせいでこんな目に遭ったと思っているんです!! 全部、あなたのせいだ!! あなたが人の気持ちを弄ぶから…あの編入生に入れあげたふりなんかするから!! 俺が、滅茶苦茶に壊されてしまった!!」

 初めて出会った時以来向けたことのない、憎悪と反感を込めた目で王雅様を睨む。

「こんなことになるなら…あなたになんか、仕えていたくなかった…!!」

 箍を失った唇から、心の奥底にしまい込んでいた本音が飛び出す。

「俺はずっと、あなたのことが嫌いだったんだ…!」
「…いいよ。でも、手放すつもりはないから」

 その言葉に王雅様は顔色を失ったが、寂しげに笑うと、俺のシャツを引き裂いた。

「お前は俺が最初に選んだんだ!! 誰にも渡さない! 俺の、俺だけのものなんだ!!」

 そのまま、荒々しく喰いつかれる。
 いっそ、このまま全て喰らい尽くして欲しい。
 惨めな体も心も、全てなくなってしまえば楽なのに。
 俺は抗うことをしないまま、王雅様に身を委ね、ただ真っ白な天井だけを見つめていた。





 神様。

 私は、彼のことが嫌いです。
 どれだけ身を尽くして仕えたとしても、決して私のものになることのない、彼が。
 忠誠を、身体を、未来を、私の全てを捧げても、けして私のものとなることなく、いずれ必ず、誰とも知らない女のものになる彼が。

 彼に、仕えていたくはなかった。
 彼に仕えてさえいなければ、ひと時の恋人として、戯れにでも愛情を得られたかもしれないのに。

 頭では、王雅様と自分の立場の違いを理解しているというのに、それでも彼を求めてしまう、浅ましいこの心が憎かった。
 自分のものなのに自分の思い通りにならない、この心が恨めしい。

「王雅様。俺は、あなたが嫌いです。キライ、なんです…」

 隣で寝息を立てる王雅様の姿を見つめながら、俺は千々に乱れる想いを持てあまし、眠れぬ夜を過ごした。




【End】

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