「じゃあ、交換条件な、王雅様。俺の頼みはこの前言ったよな。そいつを叶えてくれたら、愛しの守也君には二度と手ぇ出さないでいてやるよ」
「…分かったよ。吉峯とは別れる。これで満足だろう…守也から離れろ!!」
不良たちから解放され、俺の傍らに膝をついた王雅様に、俺は縋りついた。
「止めてください!! 俺のために、そんな…! 俺なら大丈夫ですから! こんなことは何でもないんです!! あなたが、ご自分の意思を犠牲にする必要なんてない…!!」
「…いいんだ、守也。もう、いい…」
疲れたように、王雅様が首を振る。
「帝人との関係なんて、長くてもこの学園にいる間だけだ。別れが少し早まっただけ、それだけのことだ。でもお前は違うだろう? この先もずっと一緒なんだ! だったら俺が、お前を優先するのは当たり前だろ?!」
「王雅様…」
王雅様の厚情に、胸がぎゅっと締め付けられる心地になる。
俺などをそうまで思ってくれるお心は、とても嬉しい。
だが、その想いが王雅様を縛る枷になってしまっているのならば、それは危険だ。
俺という存在は、あくまで王雅様の道具であるべきなのだから。
…道具のありように、主の行動が左右されるなど、あってはならない。そうではないか。
「いやあ、実に麗しい主従関係だ」
パンパンと大仰に手を叩き、道化師のように皮肉に笑う滝口に、俺はハッと覚醒する。
そう、まだここは敵陣の中。
一応は解放されたとはいえ、まだ気を抜ける状況ではないのだ。
「ありがとーね、王雅様。俺もこれで、ようやく面子が保てたよ」
「貴様の事情なんか、俺の知ったことか」
「はは、ごもっともだ。そして、残念だよ、隊長さん。もうあんたに突っ込めねえなんてな。ま、これからは存分にご主人様に可愛がってもらいな」
くしゃりと俺の髪を撫でて、滝口は事態を傍観していた皇徳へと向き直った。
「とまあ、ボス。一丁こんな感じで仕上がったけど、どうよ。褒めてくれる?」
「…さすがだな。汚い仕事をやらせれば、お前の上に出るものはない」
「俺、腹の奥の奥まで真っ黒だからねぇ。人の嫌がることすんのは大得意よ」
「は。てめえだけは、敵に回したくねえもんだ」
皇徳はゆっくりを腰を上げ、王雅様の前へと歩み寄る。
「王雅。そんなわけで取引は成立だ。約定が守られてる限りは、てめえらには手は出さねえよ」
「…ほざけ」
低く吐き捨て、王雅様は皇徳を睨んだ。
「俺は絶対に、貴様達を許さない…!」
「んだと…?」
「おお、怖ぇ。王雅様、俺、あんたには感謝してもらってもいいくらいだと思うんだけどなあ」
一触即発になりそうな空気を和らげるためか、そう茶化す王滝に、王雅様は眉間に皺を寄せた。
「何が感謝だ」
「気持ち、定まったろ?」
俺を目で示し、意味深に笑う。
「…そんなもの、貴様に指図されなくても、とうに決まってる」
「あっ、そー。余計なお世話だったかなー? ま、いいじゃねえか、これも一つのきっかけってことでさ」
「貴様!!」
滝口の胸倉を掴み、殴りかかった王雅様を、俺は必死になって制止する。
「王雅様! もうこれ以上、王雅様がお手を煩わせる必要はありません! 皇徳派とは、互いに不干渉を貫いた方がよろしいでしょう」
「けど…!」
「そうだって。ここで無駄にバトるより、隊長さんの手当てしてやった方がいいんじゃねえかな?」
王雅様はハッと気づいたように、ふらついた俺の身体を支えてくれる。
「…戻りましょう、王雅様。全ては、終わったのですから」
「…分かった」
渋々肯く王雅様の腕を引き、屋上の出口へと誘う。
こんなところに、一時でも王雅様を置いておきたくはない。
「じゃあな、隊長さん。末長く、お幸せに」
俺の背に投げかけられた滝口の言葉は、最後まで真意の計りがたい、謎めいた響きを含んでいた。