急いで王雅様に伝えなければ。
 速足で廊下を進む俺の前に、不意に一人の生徒が立ちふさがった。

「こーんにーちわー」

 髪を染め、制服を着崩した姿からして、Zクラス…通称、不良クラスの生徒だろう。
 にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべ、隙のない足取りで近付いてくるその生徒を、警戒しながら見つめ返す。

「何か?」
「あんた、王雅様の親衛隊長君だよなぁ? ちょーっとツラ貸してくんねえか」
「…断ると言えば?」
「別にいーぜえ? 無理やり連れて行くだけの話だしな」
「っ!!」

 いつの間に近付いていたのか、背後から二人の生徒に両腕を掴まれ、身動きが出来ないようにがっちりと固められる。
 抵抗するも、そのままそばの空き教室へと連れ込まれ、俺は歯噛みした。
 これから何をされるかなど、説明されずとも容易に想像がつく。
 王雅様への当てつけとして、見せしめに暴行されるのだろう。
 3対1では勝機などないに等しいが、だからといって大人しくやられるつもりはない。
 身体を押さえつける腕を振りほどこうと、全身の力をこめて必死にもがく。

「放せ!」
「抵抗すんじゃねーよ!」

 暴れる俺に苛立ったのか、俺を掴んでいた男の一人が、拳を振りかぶる。
 顎の付近に一撃を受け、俺はたまらず倒れ込んだ。

「っ…!」
「おーい、顔は駄目だっつってんだろ。目立つんだからよぉ」
「す、すみません!」

 最初の男が床に伏す俺の前にしゃがみこみ、前髪を掴んで強引に顔を引き寄せる。

「なあ。うちんとこのボスがさ、あのガキのこと気に入ってんだよ。だからさ、ご主人様にお願いして、アレ、解放するよう伝えてくれないかな」

 ボスとは…不良の元締めと言われる、Zクラスのトップ、皇徳か。
 皇徳の家は大手芸能プロダクションを経営しており、その関連でやくざとも関わりがあると噂されている。
 その勢力は生徒会とも張り、教師すら彼を恐れ、干渉できないでいるほどだ。
 皇徳が王雅様に敵対するとなれば、面倒なことになる。
 特に、親衛隊が弱体化している今は、非常に危険だ。正面を切って戦えるほどの力はないのだ。

 …俺は、どうするべきか。

 王雅様に、吉峯を切り捨てるよう進言すべきか。
 そうすれば、当面の危機は去り、親衛隊の者等も戻ってきてくれるかもしれない。
 悔しいが、奴の言葉に従えば、誰もが幸せになれるのだ。

 王雅様、ただ一人以外は。

 俺は、どうすべきなのか。王雅様の、親衛隊長として、部下として、側近として。何を優先すべきなのか。

 …俺は…

「…彼は王雅様を選んだ」

 男を睨み据え、俺は言った。

「皇徳に伝えろ。男なら、こんな姑息なことをせずに、自分自身の力で手に入れたらどうだと」

 俺は、王雅様のしもべだ。
 何よりも第一に優先すべきは彼の意志。
 彼の意思を遂行するために、俺はあるのだ。
 俺は、俺のあるべき道を貫くだけ。それだけだ。


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