変化は突然、訪れた。
「お前、セフレと遊びまくってるんだって? そーゆーの、よくねえよ。身体の安売りして、お前の値打ちを下げるだけじゃねーか。もっと、自分のこと大切にしろよ」
この学園にやってきた時期外れの編入生は、そんな月並みで陳腐な台詞一つで、王雅様の心を射止めてしまった。
「俺、好きな人ができたから」
常に緩い雰囲気を漂わせる彼らしからぬ、真剣な眼差しで、王雅様は親衛隊員らにそう宣言した。
「帝人一筋になることにしたから、もう遊ぶのは止める」
突然の発言に呆然としていた隊員らの間から、悲鳴があがる。
「そんな、王雅様!」
「僕達を捨てるんですか?!」
「あんな奴、王雅様にはふさわしくありません!!」
次々と上がる不平の声にうるさそうに眉をひそめ、王雅様は俺を呼ぶ。
「近衛」
「はい」
「…あとは、任せたから」
そうして俺に場を任せ、隊員らの姿を目に入れるのも煩わしいといった様子で、王雅様は部屋をあとにした。
「近衛隊長…」
裏切りに対する怒りや悲しみ…やり場を失った感情を孕んだ眼差しが、今度は俺に向けられる。
「王雅様の意思を何よりも優先すること。それが親衛隊員の鉄則だ。王雅様が彼を選ばれたのであれば、我々は黙ってそれを受け入れるだけの話だ」
「…納得できません!!」
目に涙を浮かべた一人の生徒が、つんざくような声で叫んだ。
「僕達は今までずっと、身を粉にして王雅様のために尽くしてきました。それを…あんな、ポッと出の奴なんかに、王雅様を奪われるなんて…そんなの、絶対受け入れられない!!」
彼の気持ちは、痛いほどに分かる。
親衛隊の隊員は、王雅様の寵愛を得るために、時には自分を犠牲にしてまで彼に奉仕してきたのだ。
いつか必ず、献身が報われると信じていたから。
その日が永遠に来ないとなれば、絶望するのも仕方がない。
…彼らの心情は、理解できる。
だが、俺は…親衛隊の隊長として、彼の造反行為を許すわけにはいかない。
「王雅様を優先できないのであれば、隊を抜けろ。仕えるべき主に逆らうようなものは、親衛隊には必要ない」
しん…と場が静まりかえる。
親衛隊員にとって脱退勧告は、何よりも重い処罰だ。
「隊長…そこまで言わずとも…」
副隊長の葛木が、先ほどの発言をした生徒を庇うが、俺は一睨みでそれを黙らせた。
「心得の問題だ。王雅様の意思より、自分の欲望を優先するような人間は、親衛隊員として相応しくはない。違うか」
「…分かりました…僕は、親衛隊を脱退させていただきます…」
我ながら冷徹な言葉に、俯いた顔からぽろぽろと涙を滴らせ、彼は席を立った。
「俺も抜けます。王雅様に近付くチャンスがないのなら、親衛隊にいるメリットはなくなりましたから」
「僕も…こんな気持ちのまま、王雅様にお仕えすることはできません…」
その後も何人かが彼の後に続き、一連の混乱は頂点に達した。
落ち着かない雰囲気を漂わせる隊員らを見渡し、俺は溜息をつきたい気持ちを堪え、口を開いた。
「残った者等の中にも、不満を抱えたものはいるだろう。気持ちのないものを無理に引きとめるつもりはない。脱退を望むものは後ほど、俺か、葛木に申し出るように…
…隊に残る者らに対しては、王雅様は今までと変わらない庇護を与えて下さるだろう。恋愛という関係は築くことはできないが、学友として、仲間として、この先も目をかけてくださるはずだ。一時の感情に流されず、熟慮した上で結論を出して欲しい」
虚しいほどに、説得力のない言葉だ。
一体、どれだけの数が残ってくれるのだろうか。
…どれだけの人間が、王雅様を見捨てずに愛し続けてくれるだろうか。
俺は祈る気持ちで、目をそらすように顔を伏せる隊員らの姿を見つめていた。