けして、口にすることなどできないが。
この胸の内を、嘘偽りなく吐き出すとすれば。
…私は彼が、嫌いだ。
こころの、底から。
「あ…」
快楽に溺れる甘い嬌声が、ドア越しにも漏れ聞こえてくる。
寮の同室者であり、俺の主でもある王雅祐樹が、私室で恋人と睦み合っているのだ。
声は甲高く、艶めいてはいるが、紛れもなく男のもの。
なぜならここは全寮制男子校であり、王雅も、睦み合う恋人もまた、男だからだ。
鳥籠に閉じ込められた小鳥がオス同士で番い始めるように、思春期につきものの過剰な性欲を持てあました生徒らもまた、互いの肉体で欲望を解消させ合っている。
「ふぅ…」
男性同士の恋愛に、入学した初めのうちこそ驚いたものの、今ではもう慣れた。
ここは外界から隔絶された社会であって、独自のルールで動いているのだ。この学園に来た以上、その風習を受け入れていくしかない。
それでも、堪え切れずに溜息をついてしまうのは、王雅様の相手が『また』、変わってしまったからだ。
旧財閥一族の御曹司であり、見目よく、生徒会の役員でもある王雅様は、この学園では並外れた人気を博している。
彼に好意を抱く人間で形成される親衛隊の隊員数は、学園でも五指に入り、彼の恋人にと志願する人間は引きも切らない。
王雅様はそんな志願者たちから、花畑の中から一輪の花を手折るように無造作に恋人を選び、気まぐれにその愛情を下賜した。
恋愛という感情以前のそんな歪な関係が長続きするはずもなく、王雅様の恋人は、季節が変わるよりも短く早く、入れ替わっていった。
扉の奥で衣擦れの音がして、彼等の情事が不意の事態で妨げられることのないよう、門番のごとく扉の前に控えていた俺は、一歩退き、彼等の妨げにならないよう、脇に控える。
扉が開き、事後の気だるさを身に纏った王雅様と彼の恋人が姿を現した。
「じゃ、またね」
半身をドアにもたれかけ、にこりとほほ笑むその姿は、男の目から見ても華やかで秀麗だ。
大輪の花に蝶が群がるように、彼に惹かれて近付いてくる者は絶えない。
「王雅様…どうしても泊めてくださらないんですか?」
「うーん、ごめんねぇ。俺、隣に人がいると眠れなくてさぁ」
「知っています。今まで誰も、部屋にお泊めになったことはないって。でも、だからこそ…泊めて欲しいんです」
王雅様にすげなく断られ、彼は一瞬悲しげな顔をしたが、それでも熱の籠った目で訴えかける。
「僕は本当の意味で、王雅様の恋人になりたいんです…!」
「近衛ぇ」
「はい」
面倒臭そうに俺を呼ぶ声に従い、退室を渋る男子生徒の腕を掴み、強引に部屋の外へと引きずり出す。
「何だよ…放して! 王雅様!!」
「王雅様はデリケートでいらっしゃる。お休みの際は一人でというのが、付き合う際の約条だったはずだ」
「親衛隊の隊長だからって…あんたに何が分かるんだよ!! 王雅様のお相手も務まらない、図体だけのでくのぼうのくせに、僕を馬鹿にするな!!」
彼は悲しげな声で恫喝し、憎しみをこめて俺を睨む。
「王雅様…どうして…王雅様…」
小鹿のような瞳から涙を流す姿に、心苦しさを覚えつつも、俺は部屋へと戻った。
そこには、恋人をそっけなく追いだした罪悪感を微塵も感じさせず、ソファに腰掛け、悠々とくつろぐ王雅様の姿があった。
「あーあ…なんかウザくなってきちゃったなー。そろそろ切り時か」
薄い笑みすらたたえ、残酷な台詞を吐く王雅様に、俺は苛立ちを抑えきれず、つい怒鳴りつけるように言い返してしまう。
「王雅様! 彼をお選びになってから、まだ一週間も経っていないではありませんか!」
「いいじゃん、固く考えなくたって。どうせ遊びなんだからさ」
「ですが…不要になったからと言って簡単に切り捨ててしまっては、王雅様の評判も堕ちてしまいます! もっと、彼の気持ちも考慮して…」
「お前ほんとウルサイ。俺は抱いてって言われるからそうしてあげてるんじゃん。嫌がる相手を無理やり抱いてるわけじゃないの。文句なんか言われる筋合いはないよ」
「王雅様!!」
「もう寝る」
ばたんと音を立てて閉じられた扉に、俺は泣き出したい気持ちを堪え、奥歯を噛みしめた。
来る者拒まず、去る者追わず。
刹那的で享楽的な生き方は、身に負った重圧に押し潰されてしまわないための、彼なりの処世術なのだろう。
だが、こんなことを続けていては、いつか誰からの信頼も失い、愛情さえ得られなくなってしまう。
将来は人の上に立ち、人を率いるべき人間が、いつまでもこんなことであってはならないのだ。
彼に仕えるべく、幼い頃から育てられた俺が、諌めなければならないのに。
「…俺は、何をしてるんだ…!」
俺は、自分のあるべき姿を見失ってしまっている。
そんな自分が、そんな自分にさせた王雅様の存在が、ひどく…煩わしくてならなかった。