優しく絡み合うように トム・リドルと最後に話してから半年が経ち、私は7年生、トム…リドルは6年生になっていた。4ヶ月の友情は簡単に幕切れ、私はあれから1度もあの場所に行ってないし、何度か遠くから見たけれど、リドルはいなかった。 大広間で見かけるリドルは名家のお嬢様やお坊ちゃんに囲まれて、常に爽やかな笑顔を浮かべていた。彼女はいなくなったらしい。私は、関係ないと思う。 ナギニという名前はリドルが付けてくれた。だから、私の名前を彼は知らない。あえて手がかりを挙げるなら、このぼさぼさの赤茶色の髪と、珍しい金色の瞳。蛇のときのカラーリングと全く同じだし、金色の瞳なんて私は親族以外では未だ見たことがないから、探せば見つかってしまうだろう。でも何も起こっていないのは、まだ見つかっていないのか、諦めたからなのか、そもそも探していないのか、私を知って失望したのか、のどれかでしかない。分からないし、分かるわけがない。それでも私は懲りずにリドルを視界に入れてしまう。ハンサムで頭が良くて監督生で、パーセルタングも使える。天は二物も三物も与えすぎではないだろうか。 授業終わり、近くの女子トイレに駆け込むと、悲しく響くすすり泣きが耳に入った。唯一閉まっている個室から聞こえてくる声。誰かが泣いているらしい。 「そこで泣いてるのは、だれ?」 ドア越しに聞いてみたけれど、しゃくりあげる声しか聞こえてこない。まぁ、事情も知らない私が何か言うのは無神経だろう。声からしてちゃんと女の子のようだし、そっとしておいてあげよう…。 カツン。トイレの入り口から音がして、私は振り返った。 思わず目を見開く。入ってきたのは、トム・リドルだった。彼は私を見て驚いたような顔をした。 「…ちょっと、ここは女子トイレよ。男子は出ていって」 「……君の方が出ていくべきだ」 「は?」 「ついでにその個室の中の子もね」 「開け」 リドルはためらいなく、蛇語を発した。すると洗面場が大きな音をたてて変形し始めた。 「ねぇ、出てきて!早く、開けて!!」 よく分からないけど、とにかく何か嫌な予感がした。恐る恐る出てきた小さな女の子の腕を引っ張ってリドルの後ろにある出口へ押しやった。青いネクタイ、レイブンクロー生らしい。背後からずる、と重たく何かが這う音が聞こえた。 「寮へ戻って!ここへ戻ってきちゃだめよ!!」 私の剣幕に、女の子は涙に濡れた顔を怪訝そうに歪めながらも、廊下の向こうへ走り去っていった。女の子が見えなくなったのを確認してから、後ろを振り向く。そして、私は固まった。横幅数メートルはあろうかという太くてぬめぬめした表面をした物体がずるりと這っていた。蛇だ、と直感した。それも、すごくすごく大きい。 「……っ、これは、何なの」 「ごめんね、一旦戻ってくれるかな」 リドルが蛇語でそう話すと、蛇は大人しく元の場所へ戻っていった。そして自動的にまた元の洗面場が戻ってくる。心臓がばくばくうるさい。何、今のは、一体。 「……………ナギニ、だろう?」 一瞬、息が止まった。 リドルがこちらを見ている。どくんどくんと心臓が脈打つ。久しぶりに見る彼の怪しく光る目と、久しぶりに呼ばれたあの名前。先程まで恐怖と不安で鳴っていた心臓が、今は違う意味で鳴る。 「……。」 なんのことか分からない、という意を込めて首を傾げてみる。しかし彼の目は全く揺れず、私をじっと見詰めたまま。私は思わず、目をそらしてしまった。しかしゆっくり近づいてきたリドルに無理矢理上を向かされる。 「どうしてここにいる?」 「……あなたこそ、ここ、女子トイレよ。」 「…秘密の部屋の話を、聞いたことがあるか?」 「……?」 息がかかりそうなほどの距離にあるリドルの顔から目を話したいのに、そうさせてくれない。何の話かもさっぱり分からない。 「……あの、分からないわ。離してくれない?」 「……リアン・バーミラー。ハッフルパフの7年生で、マグル生まれ。」 「……なんで知ってるの。」 「調べたからだ」 自分の、蛇ではない名前を呼ばれてどきりと心臓が跳ねる。やはり、分かっていたらしい。急に、視界が黒で埋まった。背中には腕が回り、耳元で心臓の音が聞こえる。トム・リドルに抱き締められたらしい。 初めてだ。私が蛇のときにトムの腕に巻き付いたことはあるし、トムに撫でられ、キスもされた。でもこんなにも、温かなのは初めてで、私は泣きそうになった。 「ナギニ、僕は君がマグル生まれでも関係ない。あの日言った通り、僕は君を愛してるよ。君を見つけたのはしばらく経ってからだったけど、僕の気持ちは変わらなかった。」 「……………リドル、」 「…トムって呼んで…リアン」 「………トム、好き」 消え入りそうな声で言うと、彼はさっと私の体を離して、噛み付くようなキスをした。いきなりのことで、目を閉じることができなかった。彼の唇が私の唇に当たっている。蛇のときとは比べ物にならないくらいにドキドキして、蛇のときと違ってどんどん顔や体が熱くなって、このまま死ぬんじゃないかと思った。 そっと唇を離して、私は今度こそちゃんと、自分からトムと目を合わせた。 「…トム、私、マグル生まれだよ?」 「ああ。」 「わたしの親戚には1人も魔法使いがいないのよ?」 「うん。」 「トムはマグル生まれが嫌いなんでしょ?」 「…嫌いだった…僕の母親と僕を捨てたマグルの父親が、ね。でも、もう関係ない。」 「…じゃあ、マグル生まれを排除するっていうの、やめるの?」 「あぁ。今日ここにきたのも、それを辞めるためだ。」 「どういうこと?」 「ここの洗面場は、蛇語で開け、と言うと開く、秘密の部屋がある。スリザリンの創始者、サラザール・スリザリンが作ったと言われてる…ここの奥にはバジリスクが住んでいる」 「?!バジ…?!」 「マグル生まれを排除するための生物だった…僕が目覚めさせたけど、僕が封印する。」 「……殺すの…?」 「……ああ。」 「だめよ」 トムは私を見つめたまま驚いた声を出す。バジリスク。さっきの生物は、バジリスクだったのか。じゃあ、さっき、下手をすれば死んでいたかもしれないんだ。…でも、バジリスクだって、蛇には違いない。 「トムは蛇が好きでしょ。あなたが殺すなんて、できない。先生方に相談しましょう。」 「……やっぱり、ナギニだね」 トムは私の額に音を立ててキスをした。…不思議だ。何がどうなってこうなったんだろう。私はただ、トイレに駆け込んだだけなのに。 「トム、私を知ってて、愛してくれてたなら、どうしてすぐ話しかけてくれなかったの?」 校長先生に謁見するために並んで廊下を歩いているとき、トムに聞いてみる。 「……そうしたかったけど、中々タイミングが掴めなくて…今日のは、たまたまだった」 「タイミング?」 「ああ。その…本当は君をずっと見てた」 「え?でも、一度も目が合わなかったわ」 「うん、君が僕を見てたのを知ってたから……」 「………?」 「ナギニ…リアンも僕を好きだっていう確証が欲しかったんだ。あのとき無理矢理人間に戻そうとしたこと、君が怒ってるかもしれないと思ったから」 トムは真剣な瞳で私を見下ろした。 「…怒ってたわけじゃないわ。ただ、私なんかじゃ、トムはがっかりするだろうと…」 「がっかり?そんなわけない。君は僕が思ってたより美人で愛らしかった。」 「……ありがとう」 思わず照れ笑いすると、トムは私の手を握り、頬にキスをした。 結局、私たちは手を繋いで(必死でほどこうとしたけどトムが許してくれなかった)校長への面会をお願いした。そして校長はバジリスクを撤去し、私たちは秘密の部屋を見つけた英雄とされたのだった。 めでたしめでたし? Fin. |