鬼ごっこの箱庭 | ナノ





想う





「…シリウス」

「………」

「シーリーウース」

「………」

「…パッドフット」

「………」

「この駄目犬!」

「………」

「…はぁ、どうせエリのことだろう」

「………」

「何したの?君が鈍感すぎてエリが怒っちゃったの?」

隣の席で親友がため息をつきながら言う。

「…エリって俺のこと好きだったのか」
「うん、遅くとも君と初めてあってから2ヶ月目くらいから意識してたね。」

俺は目の前のハリーをぼーっと見つめながらジェームズの声を聞いた。先週エリと喧嘩別れのようなことをした。もう、行けない。幸か不幸か、今週の土曜日は仕事で空いていないけど。

「2ヶ月…」
「君は、彼女のこと好きじゃなかったの?」
「…離れたくないけど、それが恋心なのか友情とかなのか、わかんねえ」
「…うーん…」

ジェームズは腕を組んで唸った。こいつが何を考えてるかなんて今推測する元気はない。自分の気持ちも分かんねえのに。
週に1回、ほんの1、2時間会っていただけの人物だ。こんなに胸にポッカリ穴が開いたように思うのは、まだ時間が経っていないからだ…あの、涙に濡れた青い目が頭から離れないのも、…なんか、なんかきっと、違うんだ。

「エリが泣いたの、初めて見た」
「泣かせたのかい?」
「…泣いてた」
「何もないのに泣くわけないだろ」

ジェームズが項垂れる俺の頭にチョップをかました。いつもなら3倍にして返 すところだが、今はそんなことをする気力がない。
もし俺がエリを愛していたなら、こんなグダグダしたことにはなってないんだ。あのとき余計なことを言わずに告白して、付き合うことになっていたんだろう。でも違うんだ。恋ってなんなんだろう。

「シリウス、エリが好き、って口に出して言ってみてよ」

俺はうなだれた頭をジェームズに向けた。何言ってるんだこいつは。と目線で訴えたが、目潰しされそうになったのですぐに顔をそむけた。

「…エリが、好き」
「ふぅん、そうなんだ」
「…なんなんだよお前」
「いやぁ、別に?家に帰って、そのセリフをじっくり飲み込んでごらんよ」

そう言うとジェームズはくるりと体の向きを変え書類に向かった。
あぁ、それなら今すぐ帰りたい。しかしそんなことは許されない。なぜなら俺は仕事をしている大人だから。今も、エリは喫茶店にいるんだろうか。真面目にせかせか働いているんだろうか。
そう思った瞬間、俺はハッとした。
エリは、可愛い。誰が見ても可愛い。そいつの趣味がわるくなければ。俺とのことで傷心しているだろうか。彼女のことだから気丈にふるまったりするんだろう。あのお店にはエリとライカーさんしか働いていない。それを目当てに来る男客も多いんだろうな。
酔った男に絡まれたりしていないか?酔った男を介抱したりするのか?仲良さそうに話すのか?俺に向ける笑顔や困った顔を他人に見せるのか?
いや、俺は何を考えてるんだ、当たり前じゃないか。大体も しあったとしても今にはじまったことじゃない。この1年、いや、俺と出会うずっとずっと前からエリはあそこで店員をしているんだ。何度も男にアタックされたりしたんじゃないか?それなのに、その中でエリは俺を選んだのか?俺なんか顔が良いだけのガキじゃないか。エリは自分のことをおばさんだと言ったが、俺がガキなだけだろう。どうしてこの1年、この考えが浮かばなかったのか不思議でならない。
…俺は確かに鈍感かもしれない。
俺は店が混雑している時のエリを知らない。エリは俺が仕事をしているときの姿を知らない。俺たちは、お互いのことを何もしらないのに、恋だと愛だの言っているのか。なんだか馬鹿らしくなってきた。

「ジェームズ」
「なんだい?君、手が 動いてないよ」
「俺、エリを店から連れ出す」
「え、何それ、駆け落ちするってこと?そんなことしなくてもライカーさんは許してくれると…」
「じゃなくて、デートにさそうんだよ」
「………君、気づいてないかもしれないけど、顔、赤いよ。」

ジェームズは鼻で笑って、やれやれ、と口に出して、肩をすくめた。










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