鬼ごっこの箱庭 | ナノ





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俺がエリの店に通い初めて1年の時が流れた。徐々に通う回数も増えていき、最初は1ヶ月に1回だったのが、今は1ヶ月に3、4回は通っている。
エリは29歳、俺は24歳になっていた。もちろん、ハリーも4歳に。

「エリ、いつもの」
「もう、シリウスくんはいつも私が休憩しようとするときに来るんだから」
「いつも大体このくらいだろ、エリが俺に合わせろよ」
「わ、私店員なんだけど…」
「だから?」

カウンターのいつもの席に座ると、エリはうらめしそうな目で俺を見ながらサンドイッチ作製にとりかかった。
シリウスくん呼びは相変わらずだが、敬語は完全に取れている。いつごろからだったか、忘れたけど。何回か、ジェームズがやってきたことがある。俺が来るのはいつも土曜日のこの時間だから。ニヤニヤしながら定期的に俺たちの様子を見に来るあの眼鏡を1回割ってやりたい。まぁ学生時代に8回くらい割ったけど。
最初、俺とエリはあいつらにくっつけと言われた。だが、なんというか、俺は恋とかしてないと思う。ときめくとかそんなんもなくて、エリも俺を見て赤面する回数も少なくなってる。
良い友人、そんな感じだ。エリも俺のことを手のかかる弟みたいに思ってると思う。

「エリ」
「ん?」
「俺たち、付き合うとか、やっぱり無かったな。エリ、この1年で誰か良い人見つけた?」

俺は先に出された紅茶に口を付け、エリをチラリと見た。するとエリは、何かを耐えるような顔で自分の手元を見ていた。

「エリ?」

俺は不思議に思ってエリの名を呼ぶと、エリはにっこり笑って、

「実は、見つけたの」

と明るい声で言った。目元がぴくぴくしていて、手も止まってる。

「へぇ、どんな奴?」

様子がおかしいのは分かったが、その、見つけた奴のことでも考えてるのかなぁとのんびり考えてまた紅茶を飲んだ。

「んー、すごくハンサムで、月に何回かこのお店に通ってくれてて…」
「へぇ、俺と同じだな」

ハンサムなことじゃなく、通ってることがだよ。

「………。」
「……ん?エリ?」

何も言わないエリに顔をあげると、エリはうつむいていて表情が見えなかった。しかし、雫が下に落ちている。
ぽた、ぽたと落ちる雫を拭おうともせず、エリはただ立っていた。

「…エリ、泣いてんの?」
「シ、リウスくんは」

エリは自分の顔を両手で覆うと、俺が手を伸ばしても届かない距離まで下がって、しゃくりあげながら話し始めた。店内には、俺たち以外いないようだ。

「私みたいなおばさん、眼中にないよね。私なんて、初対面のときからドキドキして、そりゃあ最初はシリウスくんがかっこいいからだったけど、この1年くらい、どんどん、シリウスくんが来るのが楽しみになって、エリって呼ばれるたびに、嬉しかったけど、シリウスくんは、そんなこと、なかったよね。私は、ただのおばさん店員だったんだよね。」

しゃ くりあげながら話すエリに、俺はあっけにとられていた。どう見ても30手前の女性とは思えなかった。いや、馬鹿にしてるわけじゃないけど、実際リリーよりも小さい背に、細い体、高い声、すべてが、エリが俺より年上だということを否定している気がした。
だから、おばさんなんて思ったことは、1度もない。でも、ただの、仲の良い店員、程度に思っていたのは、事実だ。

「…ごめんね、こんなこと言われても困るよね。でも、私、こんな歳になってまでかなわない恋、したくない。ねぇ、ごめんなさい。もう、ここには来ないで。お客さんに、こんなこと言っちゃだめかもしれないけど。」
「エリ」
「私、もう今までみたいにシリウスくんとお話できないよ。あ、でもシリウスく んが来るときはママに変わってもらえばいいのかな」
「エリ」
「シ、リウスくん、ママのサンドイッチも美味しいって言ってたし、私いなくても」
「エリ、俺はお前がいるからここに来てるんだよ。」

俺はガタッと席を立った。エリは涙に濡れた青い瞳を少しだけ覗かせた。

「俺はライカーさんのサンドイッチじゃなくて、お前のサンドイッチが食べたくてきてるんだ。もちろんライカーさんのも美味いけど…俺は、お前のに慣れちゃったし…。…お前がもう俺の前に現れないなら、俺はここには来ない」
「………じゃあ、来ないで」

エリの言葉は突き放しを感じられたけど、声は、行かないでという意がこめられているように感じた。
俺の言葉は本心からだった。俺はエリに会いにここにきているんだ。これが、恋心なのかはわからないけど、エリに会えなくなるのは嫌な気がした。これが友情だとしたら、エリにこれ以上会うのは酷だ。でも、恋心だったら?

「………分かった。……もう、来ない。今まで楽しかった。じゃあな」





恋心なのかそうじゃないのかなんて、今この瞬間に、分かるわけがなかった。








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