鬼ごっこの箱庭 | ナノ





惑う




シリウスくんに呼び出されたのは、あの日から2ヶ月経ってからだった。
あの時の宣言通り、シリウスくんは一度もお店に来ない。ママはそれに何も言わないでくれた。一応いつもどおりふるまっていたつもりだったけど、常連のお客さんにも心配される始末。自分の情けなさを痛感していた、そんなとき。
手紙が届いた。
シリウスくんはここから車で1時間くらいのところに住んでいることが分かった。
内容は、来週の日曜日にお店の前で待っていて、と。確かに、私とシリウスくんは喫茶店以外で会ったことがない。私はいつもエプロン姿だった。

私はそれを見て困惑した。あんなことがあって、2ヶ月音沙汰なくて。もういい加減忘れて、もっと良い人をみつけようかな、なんて思っていた矢先だったのに。シリウスくんは私の心を操るのがうまいんだろうか。この手紙をもらっただけで、シリウス・ブラックというシリウスくんの、初めて見た、見た目通りの綺麗な字で書かれた彼の名前を見ただけで、顔が熱くなって涙が溢れた。
あぁ、いつの間にこんなに好きになっていたんだろう。シリウスくんは何を思ってこれを書いたんだろう。本格的に友人になろうとしてるのかな。恋人になんて、なれるわけがなかった。もうすぐ30になるのに、子供みたいにまるまって泣きじゃくる自分が、本当に嫌だった。


約束の日、何があるのか分からなかった私はお友達と遊びにいくような格好をして外で待っていた。腕時計は11時を指してホンの少し経ってから、「エリ!」というなつかしい 声が聞こえた。

そちらに目を向けると、黒いマフラーを巻いた長身の男の子、シリウスくんがこちらに向かって駆けてきていた。その様子がまるで子供みたいで、私は内心笑ってしまった。でも、だめだ。シリウスくんを、私は突き放さなきゃいけない。私はシリウスくんが駆け寄ってきて、私はこぼれそうになる涙を隠すため下を向いた。「…シリウスくん」
「え、お、おう」
「どうして私を呼び出したの?私、この2ヶ月シリウスくんのこと忘れようって、頑張ってたのに」

シリウスくんは私の横でみじろぎした。シリウスくんを、忘れることなんてできない。それでも、一応頑張っていた。仕事に打ち込んだり本を読んでみたり、お店にやってくる同年代の男性と談笑してみたり。それでも、シリウスくんより魅力的なことなんてなにもなかった。こぼれそうな涙をとめるため、鼻をすすった。

「……シリウスくんが本当に来るとは、半分くらいしか信じてなかったけど、何も言うことないなら私は帰るね」
「え、いや、待って!」

シリウスくんの顔をこれ以上見ないように、私はサッと踵を返した。でも、左手に巻き付く力強い何かに、引き止められてしまった。パッと振り返ると、苦しそうに眉を寄せるシリウスくん、そして、私の腕を掴む、シリウスくんの大きな手。シリウスくんは、出会ってから一度も私に触らなかった。いつもカウンターっていう隔たりがあって、そういえばこんなに近づくのは、初めてかもしれない。私は今までの悲しさと、ちょっとした嬉しさで、 緩みそうになる顔を必死で抑えた。

あぁ、シリウスくんは相変わらず格好いいなぁ。この2ヶ月、いや私と出会ってからも、どこかで女の子と楽しそうに話したりしてたんだろうなぁ。私はただの店員さんで。

「…エリ、お前は、驚くかもしれないけど、というか絶対驚くけど…ちょっと、付いてきてくれ。」

シリウスくんはまじめな顔で私を見た。私が驚く?シリウスくんについていく?どこに行くの?私はシリウスくんの目を見つめたけど、彼は何も言ってくれなかった。私は特に何も考えずにこくりと頷いた。すると、シリウスくんは「ありがとう」と腕と顔の力を抜いて、私の手を握った。

私はそこから電気を流されたようびビリビリとした感覚が体に流れた。ぎゅっと私の手を握る大きな手に、私が、ときめかないはずがないのに。シリウスくんは、どういうつもりなんだろう?これ以上私をドキドキさせて、どうするつもりなの?









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