鬼ごっこの箱庭 | ナノ





気付く



俺は信号が変わるのを待ち、さっき来た道を戻った。路地裏にエリを引っ張る俺を、彼女は足を止めることで止めた。

「あ、あの、どこ行くの?」

人気のない路地裏に急に連れてこられて、エリの目は困惑と不安で揺らいでいた。俺はエリを一瞥したが、何を言わずにもう一度エリを引っ張った。エリは予想外にもおとなしくついてくる。急に呼び出された挙句こんなところに連れてこられて、さぞ不安だろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、俺にはこれしか思い浮かばなかったんだ。


姿現しした地点に着き、俺は足を止めた。振り返ると、エリは相変わらず困惑した表情で俺を見つめていた。

「…シリウス、くん?」

その目に、不安だけでなく恐怖も感じ取れた気がして、俺の心臓はズキリといたんだ。

「エリ、俺は魔法使いなんだ」

するりと俺の口から出てきた言葉に、エリは一瞬聞き間違えだと思ったのか、眉を寄せた。

「…え?」
「俺は魔法が使える」

ゆっくりと発音してやると、エリはやっとそれをのみこんだようで、明らかに俺を変なものを見るような目で見て、繋がれた手を引いた。

「な、に言ってるの?あの、離してくれない?」

信じられない、頭おかしいんじゃないの?
と目で訴えられる。それがどうしようもなく悲しかったが、俺は手を離してやらなかった。

「ごめん、順番を間違えた。俺は、エリが好きだ」

重大な間違いに気づいて、俺は唇を噛んだ。俺はバカだ。せめて告白してからバラせばよかったのに。あーあ、やっぱり顔が良いだけなんて何も得なんてしない。俺はそれよりも、女の気持ちや空気を読む能力が欲しかった。
エリはなんともいえない顔をしていた。魔法使いだという男に好きだと言われて、マグルの女はどう思う?さすがの俺でも、分かることだ。

「エリ、ごめん。急に言われても戸惑うよな。でも、本当なんだ。俺の頭はおかしくないし、今魔法を使えって言われれば使える。その、もちろん信じてもらえないと思う。でも、俺は2ヶ月間エリのことばっかり考えてた。たぶん、いや、絶対、お前が好きなんだ」

俺は手を離すどころか、両手でエリの手を包み込んだ。エリはその手と俺の顔を一生懸命交互に見て、唇を噛んだ。今、一生懸命頭の中で整理しているんだろう。あぁ、俺は、軽はずみなことをしたかもしれない。いや、した。

「魔法、なんて。ありえないよ」

考え抜いた末の、言葉だったんだろう。かなりの沈黙のあと、エリは絞り出すように言った。俺はなんと言っていいかわからなかったが、ここで彼女を逃がすことだけは避けたかった。

「エリ」
「そう、シリウスくんはおかしな人だったんだね。そういえばシリウスくんはお仕事のことは大変だ って言うだけで教えてくれなかったし。何か変な組織にでも入ってるの?困るよ。こんなとこに連れてきて私に何する気なの?」
「エリ、何もしない」
「じゃあどうしてこんなところに?魔法なんてあるわけないでしょ?大人で真剣な顔でそんなこというの、変な人だけだよ」
「本当なんだよ」
「ありえないよ」

エリは俺の声を振り払うようにぶんぶんと首を横に振って、俺の手から逃れようとした。俺は片手でエリの腕を掴んで、もう片方でポケットに手を入れた。それを見てエリはびくりと肩を震わせる。
俺はポケットから杖を取り出し、呪文を唱えた。杖の先から白とピンクの花が軽快な音を立てて咲き乱れた。エリはそれに目をパチクリさせたが、「手品、う まいんだね」と口元だけ笑った。
アグアメンティやサーペンソーティアやエイビスなんかも、手品で済まされてしまいそうで、俺は眉を寄せた。どうしたら信じてもらえる?エリや自分自身に呪いをかけるわけにもいかないし、そこの壁を砕くわけにもいかない。

「…どうしても、信じられない?」

俺は頼むから信じてくれと願いを込めてエリを見た。でもエリは、今すぐここから逃げたいという表情しかしなかった。

「もう、俺なんか好きじゃない?2ヶ月も自分を放っておいた、5歳も年下の、自称魔法使いのガキなんて、もういらない?」

あぁ、考えてみると俺は本当に最低だ。今、この瞬間、今までで一番エリが愛しかった。絶対に俺から離れていってほしくない。エリ 。いつの間にかお前は俺の中で一番特別になっていた。
俺は目の奥が熱くなるのを感じ、自嘲気味の笑みを浮かべた。エリはそれを見てなのか、俺の言葉からなのか、再び困惑の表情を見せ、抵抗する力が弱まった。

「…エリ、ジェームズとリリーが、結婚する前によく行ってた場所があるんだ。今から一緒に行かないか?」

突然出てきたジェームズとリリーという名前に、エリの体がこわばった。俺と彼らが昔からの馴染みだということに気づいたのかもしれない。でも、リリーとエリは、俺たちがホグワーツに入る前から会ってるはずだ。

「…それは、どこにあるの?」

エリは目を泳がせながら震える声で言った。

「…フランスの、とある森の中」「フランス?」

まさかの外国の名に、エリは単純に驚きの声をあげた。

「エリ、ちょっとだけ、俺に体を預けてくれないか。俺たちなら一瞬で行けるんだ。ただ、ちょっと、初めてだと気分が悪くなるかもしれないけど」

俺は逃げられないように顔と腕を交互に見ながら言った。エリは再び疑いの眼差しで俺を見た。
そりゃあ、瞬間移動するとか言われておとなしく体を預ける奴なんてただの間抜けかバカだと思う。でもさっきからエリが俺に向ける決して好きな相手に対するものじゃない視線に、俺の心臓がズキズキしっぱなしだった。

「エリ」
「…………」
「駄目か?」
「…………」
「なぁエリ、俺は、お前が好きなんだ。都合が良い男かもしれないけど、さっきからのエリの表情と視線に、俺はすごく胸が痛いし悲しい。エリ、頼む。信じてくれ」

俺の懇願する声と目に、エリは顔を上げた。エリの目には不安と少しの恐怖が浮かんでいる。俺は思わず、小さなエリは思いっきり抱きしめた。
背中と頭に腕を回しぎゅうぎゅう抱きしめる俺に、エリは抵抗できないようだった。
初めて触れるエリの髪は見た目通りふわふわしていてドキリとした。そういえば、俺とエリのあいだにはいつもカウンターがあって、俺たちはこの1年と2ヶ月、全く触れなかったことに気づく。俺は顔が熱くなるのを感じた。心臓がうるさい。もしかしてエリにはこの音が聞こえているのかもしれない。そう思って、俺はエリの体を離した。エリは目をパチクリさせて俺の顔を見た。抱きしめ返しも、抵抗もしなかったエリは、何を思っているんだろう。俺は赤くなった頬をごしごしこすった。こんなことをしてもなんにもならないことはわかっているけど。

「エリが、好きだ」

俺は、ジェームズに言われたのを思いだし、口に出した。素直に、家に帰ってから何度も呟いた言葉。その言葉は魔法のようにいつの間にか俺に染み込んでいて、本当にジェームズが何か魔法をかけたんじゃないかと思うこともあった。
エリは、少しだけ眉を下げて、下を向いた。

「…エリ」
「待って」

エリは手を前に出して、何か言おうとする俺にストップをかけた。

「ちょっと、整理させて」

ごくごく小さい声でエリはそう言った。俺は、待つしかなかった。こんな短時間で、わけのわからないことを言われて、されて、混乱しているんだろう。俺は本当にバカだ。エリを困らせてどうする。本当に、俺は馬鹿だ。








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