鬼ごっこの箱庭 | ナノ





頷く




俺の住所は書いていたが、エリから返事は来なかった。そのまま仕事のない土曜日を終え、とうとう日曜日になった。
俺は正直、どうしたらいいのか何も考えていない。ジェームズやリリーにも何も相談せず、ただただ日がすぎるのを待っていただけ。
…俺はバカだ。結局特別な服も用意せず、花なんかも用意してない。いや、花はすぐ魔法で出せるけど。とりあえずバイクで行くか。姿現しできる喫茶店の近くは把握しているが、デートだし……いや待て、バイクの二人乗りってだめじゃなかったか?マグルの警察に捕まってはいけないし、エリも呆れるに違いない。
なら、姿現しするしかない。でもあんな人通りの多い街を、歩く?何を目的に?エリに助けを求めるなんてそんな格好悪いことはしたくない。いや、今更かもしれねえけど。心臓のドキドキが酷くて、口から心臓が飛び出そうだった。もう秋だというのにじわじわと汗ばむ。
服はとりあえずこれで問題ないだろう。この前リリーに大丈夫と言われた服だ。マフラーだって無難な黒一色だし、でも服なんて最低限のことだよな。
あぁそんなこと言ってる間に11時まであと10分。もう姿現ししなけりゃ時間に遅れる。考えている暇は、今まで十分にあった。考えなかったのは、俺だ。



バシン。
路地裏に姿現しする。一応周りを見渡すが、誰も顔を出していない。今までも何度か利用した場所なので、今更かもしれないが。
少し歩くと、喫茶店がある道の道路をはさんで反対側に出た。車の隙間から喫茶店の前を見る。俺の 目がおかしくなければ、そこには栗毛の女性が下を向いて立っていた。俺は顔がゆるみそうになるのを必死で抑え、信号というものが変わった瞬間道路を渡った。走ったせいで白い息が短く吐き出される。

「エリ!」

俺の言葉に、女性が顔をあげた。ふわふわの栗毛、澄んだ青い目、つるつるの頬。俺の胸くらいの身長の小さなエリは、私服姿もとても可愛い。
俺は急いでエリに駆け寄ったが、エリはもう一度うつむいてしまった。俺は一気に頭が真っ白になる。
もちろんエリがパァッと顔を明るくして「シリウスくん!」なんて言ってくるとは思ってなんかなかったが、あぁ、どうしよう。エリの姿を見て浮かれていた。えーと、えーと。

「…シリウスくん」
「え、お、おう?」
「どうして私を呼び出したの?私、この2ヶ月シリウスくんのこと忘れようって、頑張ってたのに」

エリは肩を震わせて、すん、と鼻をすすった。寒いのか、泣きそうなのか。まだ分からなかった。…そうだ、2ヶ月なんて変なあいだを空けちゃいけなかった。俺はエリをフったことになってて、2ヶ月音沙汰なかった非情な奴だ。しかし昼時のここは人が多い。だからといってどこかの店に入るなんて俺にはできない。どうしよう。どこか、草原とかに、行けたらいいのに。

「………シリウスくんが本当に来るとは、半分くらいしか信じてなかったけど、何も言うことないなら私は帰るね」
「え、いや、待って!」

サッと踵を返したエリの腕を、思わずつかんだ。パッとふりむいたエリは、顔を真っ赤にして目をうるませていた。口はあの日のように何かに耐えるように引き結ばれている。俺はその顔を見て、なんていうのか、すごく、ホッとした。
エリの感情ある表情を見たのは2ヶ月ぶりで。心が揺さぶられた。この感情は、懐かしさなのか、ときめきとかなのか。とにかく、エリと2人で話したかった。

「…エリ、お前は、驚くかもしれないけど、というか絶対驚くけど…ちょっと、付いてきてくれ。」

真面目な顔をする俺に、エリの顔の赤さは徐々に引いていった。青い目は一度も瞬きせず俺を見つめた。やっとまばたきしたと同時に、エリはこくりと頷き、そのまま俺に掴まれていたほうの腕の力を抜いた。

「ありがとう」

俺はそう言って安堵のため息をついた。エリの腕から、手のひらに手を滑らせて、ぎゅっと握った。エリの肩が一瞬ぴくりとはねた気がするが、エリはうつむいたまま抵抗しなかった。









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