短編 | ナノ





「ディ、ディ、ディ、ディゴリー!」

勇気を出して彼の名を呼んでみた。私の想い人の名前だ。鼓動が体中をどくどくと揺らし、顔は暑さで感覚がおかしくなって、自分の物ではないかのような錯覚を覚えた。
しかし私の動揺も声も、彼には届かなかったらしい。彼はぴくりとも反応せずに廊下をそのまま歩きさってしまった。あぁ、と吐き出された声は広く冷たい廊下に吸い込まれた。
吹きさらしの廊下から外の風景を鑑みる。どこもかしこも白、白。かろうじて見える屋根や像の鋼色や木々の緑がなければ、何もない真っ白な空間に見えるだろう。

はぁ、と吐き出した息は真っ白な背景に溶け込んで見えない。私もこのまま、この白の中に溶けてしまえたら…

「いいのに!!」

渾身の大声も、雪に吸い込まれてしまったんだろうか、この広い空間に響くことはなかった。

セドリック・ディゴリー。同い年のハンサムな男の子で、ハッフルパフの監督生。寮は違ったけど、私は1年生の頃から彼が気になっていた。黒い髪に、いろんなものが綺麗に映り込む灰色の瞳。その瞳を間近で見ることができたのは数えるほどしかないし、真正面から見れたことなんて1度しかない。口下手な彼との共通の話題を見つけるなんて器用なことは、私みたいな平凡な魔女には難しいことで。

「…はぁ」

…やっぱり無理なんだろうか。彼は今年監督生になって、しかもクィディッチのビーターにもなってる。口下手な彼は今までそんなに目立たなかったけど、さすがにそろそろモテ始めるんだろう。だから危機感を持って、5年生になってから何度も何度も話しかける機会を伺って、でもたくさんの人がいる中で話しかける勇気はなくて、今日彼がひとりでいるのをやっと見つけたっていうのに。

…もう、諦めようかな。私みたいな臆病者がディゴリーに近づくなんて無理だったんだ。一つ年下のチョウ・チャンが最近ディゴリーによく話しかけるのを見るし。あんなに可愛くてミステリアスなアジア系美少女をみすみす見逃すなんて逆にディゴリーの男としての性を疑うもんね。ぐすん。

彼女は良い子だ。まるで白鳥のように美しくて純粋。黒髪だけど、白鳥みたい。同寮の先輩の私が言うんだから間違いないよ。あーあーあー私もあんな美少女に生ま れてクィディッチ選手になるくらいの箒の才能に恵まれてれば良かったのかな。

「…君、何してるの?」
「…気にしないでくださいごめんなさい」
「いや、そんなわけにもいかないし…あの、とりあえず身体起こそう?ね?」

真っ赤な顔と流れる涙をごまかすために雪に顔を突っ込んでいたら男の子の声が聞こえて、後ろからローブを控えめに引っ張られた。こんな明らかな変人にかまうなんてもの好きもいたものだ。さっきから後ろで足音が何回かしてたけど、誰も立ち止まりすらしなかったというのに。男の子があんまりに引っ張るので渋々体を起こすと、どうやら黒髪の背の高い青年が声の主だったようだ。眼鏡がビショビショに濡れてネクタイの色すら判別できない。

「…何してたの?何年生?」
「いや、気にしないでください…今傷心中なんです。雪に顔突っ込んでたからって減点とかないでしょうし」

眼鏡をハンカチで拭こうとローブからハンカチを取り出すと、まぁ当然だけどビショビショで拭いても結果は同じだった。すると横から薄い青色のハンカチが差し出される。どうやらハッフルパフの男の子のようだ。魔法使いのくせにハンカチ持ってるなんて、私と同じようにマグル生まれの子だろうか。優しい子だな、さぞモテるに違いない。もうこの子に恋しようかな、私。

「うん、減点はないだろうけど…いや、やっぱり減点されちゃうかも」
「…あー…長い目で見ると確かにそうですね。えっと、ご親切にありがとうございました。ハンカチは洗って返します。まぁ洗うのはしもべようせ…」

しもべ妖精ですけどね、と言いかけて固まった。綺麗になった眼鏡をかけて顔をあげた先にいたのは、(さっきまでの)私の想い人、セドリック・ディゴリーだった。

「…………」
「…あれ?君…どこかで見たこと…」

目の前にある綺麗な灰色の瞳には私がはっきりと映っていた。それは2年生のときに廊下で偶然ぶつかった彼に助け起こされた時以来で。

「…僕、君と会ったことある」

いつもいつも一言足りない彼はほんの少しだけ口角をあげて微笑んだ。覚えてた、覚えてたんだ。

「この前の魔法薬学の時間に爆発させてた子だよね」
「…………そこかよ!!」





なんていうか空気も読めないみたい



(コイツにチョウはもったいないわ)





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