短編 | ナノ






「狼の目、あの女と同じだな」

私を見る赤い瞳は、目を離せない、何か麻薬のようなものを含んでいるに違いないと思った。

私の瞳を狼の目と呼んだのは、これで3人目だった。


「お前の、母親だ。魔力は強かったが、身体が弱かった…お前はその母親の力を吸い取って生まれた、悪魔の子だ。私に仕えるにはふさわしい。お前の母親や、やくたたずだった姉の代わりに、忠誠を誓え」
「きっとお役に立って見せます、我が君」

悪魔の子、それは初めて言われた。左腕に刻まれていく黒い蛇に、顔をしかめないように力を入れた。痛みと悲しみが混ざり合ってぐるぐると頭と心をどす黒く染める。悪魔の子、狼の目。私には、肩書きが多すぎるようだ。体の弱かったお母さん、目の前にいるお方に忠誠を誓った3日後に死んでしまったおねえちゃん、私の横でこっそり震えるお父さんとお兄ちゃん。私は誰を愛せばいいんだろう。ねぇ、シリウス、レギュラス。


「…閉心術を解け」
「閉心術など、していません。我が君」
「…ほう、無意識だというのか」
「閉心術など、あなた様の前でするわけがございません、我が君」
「……ふん、良いだろう。クルーシオ!」

自分の声とは思えない声が口から、喉から、心から吐き出された。痛い、痛いなぁ。何が痛いんだろう。体?心?頭?痛い、痛い、痛い。

「私のために、戦え」
「………もちろんです、我が君…」







「死喰い人になったのですか」
「うん」
「それは、良かったですね」
「うん」

私の白い腕に刻まれた黒い蛇を見てうっとりとするレギュラスは狂っていると思ったけど、それ以上に、私は狂ってる。もう、私は闇に堕ちてしまった。闇、闇。どこを見ても黒、で。

「……ブラック…」
「どうして急に、ファミリーネームで呼んだんです」
「なんとなく」
「あなたらしいですね」
「ふふ」

ねぇレギュラス、今はあなたさえも眩しいんだ。この狼の目は、狼らしく暗闇しか映さない。そしてあなたはきっと、夜空に輝く光なんだよね。悪魔の子は悪魔らしく闇に仕える。闇の世界で、ただひとり、沈んで、浮いて、また沈む。





「シリウス、私は闇に堕ちてしまったの。ね、悲しいね。どうしてこうなったんだろうね。ねぇシリウス、あなたはどうして、そんなに眩しくなれたの」

シリウスだって、こっちの人間だったんでしょう。全部全部、同じだったはずなのに。どうしてあなたの周りはそんなに明るくて、綺麗で、輝いてるんだろうね。逃げることも、従うこともできない私は、やくたたずと言われたおねえちゃんより、ずっとずっと、ダメな子なんだよ。シリウスは黙って私の左腕の袖をめくって、顔をしかめて去っていった。何も言わないし、何も言えない。ねぇシリウス、レギュラスを救ってあげて。私はもうだめだけど、レギュラスはまだ間に合うんだよ。
私の声に振り向いたのは、狼男だけだった。





「レギュラス、好きだよ」
「ええ、僕もです」
「本当に?」
「貴女はいつも、そうやって聞き返しますね」
「だってレギュラスだから」
「僕だから、ですか」
「うん、そうなの」

レギュラスに正面からだきついて顎を肩に乗せると、彼は遠慮がちに私の背に手を回した。

ここまで近くなるのに何年もかかったね。そうですね。レギュラスは、警戒心の強い犬みたいだったから。そんなことないですよ。そうだったんだよ。

レギュラスのサラサラした髪はシリウスにそっくりで、すべすべした肌もきっとシリウスにそっくり。ねぇレギュラス、どうしてシリウスと、こんなに近いのに、こんなに遠いんだろうね。狼の目を持つ悪魔の子は、どうしても、分からないんだよ。決してこんなこと、あなたには言えないけど。こんなの、愛してるって言えないかな?でも、愛してるんだよ。レギュラス、あなたがいなきゃ、私は生きていけないんだ。

「レギュラス、私を置いていかないでね」
「どこに置いていくっていうんですか」
「…………」
「置いてなんて、いきませんよ。留まるときも、出て行くときも、一緒です。」

答えてくれた。レギュラス、私今は、それだけで十分だよ。







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